姉ちゃんの制服はつなぎ
姉ちゃんの進路で、母さんは三回泣いた。
一回目は、大学へ行かず自動車整備の学校へ進むと言ったとき。
二回目は、家から電車で三時間の学校を選んだとき。
三回目は、「父さんの工場は継がない」と言ったときだった。
父さんは二年前に亡くなった。小さな修理工場は母さんが受付だけ続け、難しい仕事は知り合いの整備士へ頼んでいた。
「継がないなら、どうして整備士なの」
母さんは聞いた。
「電気自動車を勉強したい。ここの設備じゃできないから」
「お父さんの仕事じゃ足りないってこと?」
「そういう話じゃない」
姉ちゃんは怒って部屋へ行った。
ぼくは工場の棚から、昔の写真を見つけた。五歳の姉ちゃんが、車の下から足だけ出している。手にはおもちゃのレンチ。まだぼくも生まれず、父さんも元気だったころだ。
母さんへ見せた。
「姉ちゃん、父さんが死んだから選んだんじゃないよ」
「分かってる」
「分かってない顔」
母さんは写真を長く見た。
「工場を閉めたら、お父さんまでいなくなる気がするの」
その夜、三人で話した。
姉ちゃんは、工場を守るために進学するのではないと言った。父さんから教わったエンジンの音が好きで、これから増える車の仕組みも知りたい。でも、古い工場をそのまま残すことを、自分の人生の目的にはしたくない。
「冷たい?」
姉ちゃんが聞いた。
母さんは首を振った。
「寂しいだけ。寂しいのと反対は別ね」
春、工場は閉めることになった。
看板を外す日、姉ちゃんは父さんの工具箱から一本だけレンチを選んだ。母さんは工場の鍵を、ぼくは油の染みた作業布をもらった。
「それ、何に使うの」
「まだ決めてない」
姉ちゃんの入学式の日、青いつなぎの胸元には学校の印があった。父さんの工場の名前はどこにもない。
でも工具箱を開けると、一番上にあのレンチがある。
姉ちゃんは父さんの店を継がなかった。
代わりに、父さんから始まった「機械を知りたい」という気持ちを、自分の行き先まで運んでいった。
ぼくはそれを、継ぐより格好いいと思った。