姉のドアには郵便受けがある
姉が部屋から出なくなったので、ぼくは菓子箱で郵便受けを作った。
ドアの外側に貼り、最初の手紙を入れた。
〈今日のカレーには、きらいな豆が入っています。逃げたほうがいいです〉
しばらくすると、内側から返事が落ちた。
〈情報ありがとう。そっちで全部食べて〉
姉は、美術科のある高校へ行きたい。父は「絵では将来困る」と反対した。母は二人の間で「落ち着いて話そう」と言い続け、誰より落ち着きを失っていた。
家の中で会話がなくなったので、みんな郵便受けを使い始めた。
母から。
〈夕飯は冷蔵庫。食べられるときに食べて〉
姉から。
〈了解〉
父から。
〈模試の結果を見せなさい〉
姉から。
〈宛先不明につき返送〉
父は腹を立てたが、紙を丸めず、次の手紙を書いた。
〈絵が嫌いなのではない。食べていけないのが心配だ〉
〈心配を理由に、私の人生を決めないで〉
二人の手紙は、郵便受けの口で何度も詰まった。
ぼくは勝手に配達を手伝った。
〈お父さんは中学のとき漫画家になりたかった、と押し入れのノートに描いてありました〉
父からすぐ返事が来た。
〈人の押し入れを見るな〉
その下に小さく、
〈だから失敗する怖さを知っている〉
姉は長いあいだ返事をしなかった。
翌朝、郵便受けに厚い封筒が入っていた。姉が描いた進学後の計画だった。学費、奨学金、通学時間、卒業後の仕事。最後に父の若いころの漫画をまねた絵があり、吹き出しにはこう書かれていた。
〈失敗するかどうかは、挑戦した本人に決めさせろ〉
父は封筒を持って姉の部屋の前に座った。
〈話したい〉
返事は、
〈郵便では文字数不足〉
鍵が開いた。
二人は朝まで話した。学校の許可が出たわけではない。父の不安も、姉の怒りも残った。それでも翌日から、姉は食卓へ戻った。
菓子箱の郵便受けは外さなかった。
喧嘩をすると、今も誰かが紙を入れる。
〈言いすぎた〉
〈まだ怒っている〉
〈でも夕飯は四人分〉
ぼくは家族の最年少で、郵便局長だ。
配達で学んだことが一つある。
家族の言葉は、直接届かない日がある。
そんな日は、遠回りできる箱が一つあればいい。