姉の分まで

碧のスマートフォンに父から電話が来たのは、残業帰りのホームだった。

父からの着信は八か月ぶりで、用件はいつも真白のことだった。

「今度の日曜、顔を出せないか」

「何かあった?」

「母さんの誕生日だ。真白は忙しいらしいから、おまえが姉の分まで――」

電車が入ってくる音で、続きは聞こえなかった。

碧は一本見送り、黄色い線の内側へ下がった。

真白は碧より四歳上だ。けれど父は、真白が家を出てから、碧に「姉の分まで」と言うようになった。母の通院も、法事の受付も、壊れた炊飯器の注文も。頼りになるのはおまえだ、と褒める形で穴を埋めさせた。

「真白には、父さんが直接聞いたの?」

「おまえから言えば早いだろう。姉妹なんだから」

「私は連絡係じゃないよ」

「そんな冷たいことを言うな。真白と違って、おまえは家族思いだと思ってた」

褒め言葉の刃は、昔から同じ角度で入ってくる。

碧はホームの柱にもたれた。広告の中の家族が、同じ白い歯を見せている。

「日曜は行かない」

「仕事か」

「予定はない。でも行かない」

父の沈黙が長くなる。

「真白みたいになるぞ」

「ならない。私は碧だから」

向こうで母の声がした。誰と電話しているの、と聞いている。

父は受話口を手でふさいだらしく、音が遠くなった。その数秒の間に、碧は通話を切ることもできた。けれど、戻ってきた父に一つだけ伝えた。

「誕生日を祝ってほしいなら、私に私の分を頼んで。真白の返事は真白に聞いて」

「家族にいちいち、そんな――」

「次に『姉の分まで』って言ったら、電話を切るね」

宣言すると、胸の奥に空席ができた。寂しい空席ではなく、自分が座れる場所だった。

父は「分かった」とは言わなかった。「面倒な娘だ」と小さく言った。

碧はそれを合図に通話を終えた。

すぐに真白へメッセージを送る。

〈父さんから誕生日の件、連絡来た?〉

返事は一分後だった。

〈来てない。碧に押しつけた?〉

碧は少し迷い、〈うん。でも返した〉と打った。

真白から、親指を立てた猫のスタンプが届く。姉らしい言葉も、謝罪もなかった。その軽さに救われた。

次の電車が来る。

碧は乗り込み、父の連絡先に付けていた「実家・真白関係」というメモを消した。

表示に残ったのは、ただ「父」だけだった。