婚姻届の赤信号
御厨朔郎と瀬戸内未緒の婚姻届は、感情審査で差し戻された。
少子化対策の失敗を減らすため、結婚には相互恋愛点七十以上が必要だった。目を見つめたときの高揚、接触時の発汗、離別を想像した際の不安。二人の平均は四十二点だった。
「友人関係としては極めて良好です」
窓口の職員は慰めるように言った。
朔郎と未緒は十二年一緒にいた。大学で出会い、互いの転職を手伝い、未緒の父を看取り、朔郎の鬱々とした冬を越えた。寝顔を見ても胸は高鳴らない。手をつないでも汗はかかない。離別を想像すると、悲鳴ではなく、口座や本棚の分け方が頭に浮かんだ。
審査対策講座へ通った。
吊り橋を渡り、高級ホテルで向かい合い、香水を変え、三日間連絡を断った。点数は六十五まで上がったが、未緒は胃を壊し、朔郎は仕事でミスをした。
「結婚するために、仲が悪くなってない?」
未緒が笑うと、朔郎も笑った。笑顔の同期率は九十八だったが、恋愛点には加算されなかった。
二人は婚姻届を諦めた。代わりに公正証書を作り、財産、医療、住居、老後の介護を一項ずつ決めた。指輪の代わりに、互いの緊急連絡先を最上段へ登録した。
友人たちは、情熱のない関係を続けるのは寂しいと言った。二人はそのたび、朝のゴミ出しと夜の薬の飲み忘れを確かめ合った。寂しさがある日も、ない日もあった。
十七年後、朔郎が倒れた。
病院では法的な配偶者でない未緒の面会を断った。未緒は分厚い書類を窓口へ置いた。代理権、終末期医療の希望、二人で交わした署名。職員が確認している間、処置室から朔郎の声がした。
「その人を入れてください。僕の人生の共同管理者です」
未緒が入ると、朔郎は酸素マスクの下で笑った。
「まだ四十二点かな」
「今なら三十台かも。慣れすぎた」
二人は手をつないだ。計測器の心拍はほとんど変わらなかった。
退院の日、関係欄への記入を求められ、未緒は少し考えた。
〈採点不能の家族〉
受付は困った顔をしたが、朔郎はそれを見て、若いころよりずっと嬉しそうに笑った。