婚約破棄は灼熱の庭で

「レナティア、お前との婚約を破棄する。罪がないと言うなら、竜炎の審判を受けてみせろ」

王太子レイヴァンが宣言すると、灼熱庭園の貴族たちは待ちかねたように笑った。隣には新しい婚約者が寄り添い、鎖につながれた宮廷竜アルドレアが口から火を漏らしている。

竜炎の審判を受けて生き残った者はいない。つまり裁判ではなく、見栄えのよい処刑だった。罪状は王妃の宝石を盗んだこと。証拠は、新しい婚約者の証言一つだけである。

レナティアは反論せず、裾をつまんで一礼した。

「では、どうぞ」

その落ち着きが、レイヴァンには強がりに見えた。

最初の炎が庭園を横切る。噴水は一瞬で蒸発し、白薔薇は黒い影だけを石壁に残した。王太子は勝利の言葉を用意した。

だがアルドレアが炎を止めたあとも、竜の瞳だけが一点を見つめていた。

火の中心から、衣擦れの音がした。

煙が晴れる。レナティアは一礼した姿勢のまま立っていた。指先の白手袋も、胸元の真珠も、髪に挿した一輪の薔薇も焦げていない。

「幻影だ!」とレイヴァンは叫んだ。

竜が首を振った。幻影なら匂いがない。そこには確かに人間の血と香水の匂いがあり、心臓も規則正しく動いている。

むしろ異常なのは、炎を吐いたアルドレアの喉だった。自分の火に逆らう何かを焼こうとして、鱗の内側が震えている。竜は鎖を引き、主人から距離を取りたがった。

「王家の血を侮るな。祖竜炎を使え!」

二度目の命令に、宮廷竜はためらった。それでも隷属の首輪が光り、青白い炎が放たれる。庭園の石畳が液体になり、貴族たちは結界の外へ逃げた。

煙の中心で、レナティアは同じ角度の礼を保っていた。

「わたくしの加護は《不滅城塞》です。守る価値があるものを決めたとき、世界のほうが折れるのです」

彼女は顔を上げた。

「今日は、わたくし自身を守ると決めました」

それは、王家へ嫁ぐため十八年耐え続けた令嬢が、初めて自分を王国より上に置いた宣言だった。

レイヴァンは剣に手をかけた。だが抜けなかった。アルドレアが王太子ではなく、レナティアへ頭を垂れていたからだ。

笑っていた貴族たちが道を開ける。

その中央で、レイヴァンだけが一歩退いた。