嫉妬休薬日

鴛海架乃の結婚生活には、毎月第一日曜だけ嫉妬があった。

夫婦用感情チップは、相手の交友関係に対する不安や所有欲を自動で弱める。浮気を疑う喧嘩が減り、離婚率も家庭内暴力も下がった。架乃と夫の充恒も、七年間一度も声を荒らげなかった。

ただし、長期装着者には感情の動作確認が義務づけられている。月に一日、抑制を切り、隠れていた問題がないか確かめるのだ。

その日曜、架乃は夫の端末に知らない女性から届いたメッセージを見つけた。

〈昨日はありがとう。また二人で話したい〉

胸が焼けた。指先が冷え、頭の中で七年分の穏やかな朝食が一瞬にして疑わしくなった。

「誰?」

「転職相談の担当者」

「二人で?」

「架乃に言うと心配すると思って」

「心配する機能は普段止めてあるでしょう」

夫は黙った。その沈黙が、浮気より腹立たしかった。

やがて彼は、来月から遠い都市で働くつもりだと打ち明けた。女性は採用担当者だった。転職自体より、半年前から一人で決めていたことが架乃を傷つけた。

「どうして相談しなかったの」

「君は何を言っても、いいよって言うから」

「それはチップのせいよ」

「違う。僕らはチップのせいにして、相手が傷つくかもしれない話を全部避けたんだ」

架乃は言い返そうとして、できなかった。嫉妬は夫を奪われる不安だけではなかった。自分だけが夫の未来から外されていた寂しさだった。

二人はその日、夕方まで喧嘩した。食器を一枚割り、昔の不満をいくつも掘り返し、最後には疲れて床に座った。夫が「転職を断る」と言うと、架乃は首を振った。

「行って。私も一緒に行くか、ここに残るか、ちゃんと怒りながら考える」

翌月、夫は赴任し、架乃は半年後に合流すると決めた。遠距離の間、二人は嫉妬抑制を解除したままにした。面倒な確認も、くだらない疑いも増えた。それでも、画面越しに「寂しい」と言えるようになった。

第一日曜の動作確認はもう必要ない。二人のカレンダーには代わりに、月末の予定が入っている。

〈喧嘩してでも話す日〉

その日はたいてい喧嘩にならない。言わずに済ませる穏やかさより、言っても壊れない関係を選んだからだった。