家出先の祖母は留守

 母と大喧嘩した夜、娘は祖母の家へ家出した。

 合鍵で入ると、家は暗かった。祖母は友人と温泉旅行中で、玄関に置き手紙があった。

〈冷蔵庫のものは食べてよい。家出なら、帰る日を自分で決めること〉

 どうして分かったのだろう。

 娘は母からスマートフォンに届く着信を切り、台所で冷えた煮物を食べた。

 喧嘩の原因は髪でも門限でもなかった。

「最近のあなた、何を考えているか分からない」

 母に言われ、

「分からなくていい!」

 と叫んだ。

 本当は、自分でも分からなかった。友達といると疲れ、家にいると干渉されたくない。何も聞かれないと寂しく、聞かれると腹が立つ。

 祖母の机を借りようとして、古い缶を見つけた。

 中には、若いころの母が祖母へ書いた手紙が入っていた。

〈勝手に部屋へ入らないで〉

〈学校を休んだくらいで人生が終わるみたいに言わないで〉

〈お母さんの心配は、私を縛る言い訳に聞こえる〉

 字は今の母より尖っていた。

 最後の一通だけ、封をされていなかった。

〈嫌いと言ったけど、本当に嫌いなら、あんなに分かってほしいと思わない〉

 娘は笑ってしまった。

 午前零時、玄関の鍵が鳴った。

 母が入ってきた。手には充電器と着替えと、コンビニのおにぎりがある。

「連れ戻しに来たの?」

「祖母から、家出人へ充電器を届けろと連絡が来た」

「どこにいるか言ったの?」

「ここ以外へ行く度胸はないと思った」

「むかつく」

「知ってる」

 母は帰ろうとした。

「待って」

 娘は缶の手紙を見せた。

「勝手に読んだの?」

「祖母の机だから、祖母に怒られる」

「論点をずらさないで」

「母さんも反抗期、ひどかったんだね」

 母は顔を赤くした。

「そのころのお母さんは、今の私より厳しかった」

「でも今、仲いいじゃん」

「仲よくなるまで、ずいぶんかかった」

 二人は床へ座り、おにぎりを分けた。

「明日、帰る」

 娘が言うと、母はうなずいた。

「分かった」

「でも部屋には勝手に入らないで」

「洗濯物が腐っても?」

「声をかけてから」

「交渉成立」

 翌朝、祖母から写真が届いた。温泉まんじゅうを持って笑っている。

〈家出一泊、宿泊料は庭の草むしり〉

 娘は母へ画面を見せた。

「家出したのに働かされる」

「家族料金で高くなってるね」

 二人は笑った。

 帰ることは負けではなかった。

 反抗したままでも、条件を話して戻れる家を持つことだった。