家族と同じもの
四宮塔矢の母は、料理に小さな青い旗を立てる。
家族には食物アレルギーがあったからだ。
姉は落花生、父は蕎麦。母は成分表を何度も読み、安全だと確認した皿にだけ旗を立てた。
「同じ食卓なんだから、できるだけ同じものを食べましょう」
それが母の口癖だった。
塔矢が十二歳のとき、姉の誕生日にチョコレートケーキを買った。母は店員へ何度も確認し、落花生不使用のものを選んだという。
四つに切ったケーキのうち、三つには青い旗が立っていた。
姉の分だけ、なかった。
「旗、落ちたんじゃない?」
母はそう言い、姉へ皿を渡した。
食べ始めて十二分後、姉は呼吸ができなくなった。
救急車は間に合わなかった。
店は製造工程での混入を認めず、原因は分からないままだった。父は母を責めなかった。
「お前ほど気をつけていた人はいない」
母は泣きながら、家族三人分の夕食を作り続けた。
それから九年後、父が離婚を切り出した。
「もう家族としてやっていけない」
母は怒らず、最後に三人で食事をしたいと言った。
献立は、母が最近習ったというフランス料理だった。
薄い生地に卵とハムを包んだ料理が三皿並んでいる。塔矢と母の皿には、青い旗が立っていた。
父の皿にだけ、旗がない。
「これ、蕎麦粉じゃないだろうな」
父が冗談めかして聞いた。
「まさか。小麦粉よ」
母は笑った。
塔矢は台所へ水を取りに行き、ごみ箱の中に蕎麦粉の空袋を見つけた。流し台には、洗って伏せた青い旗が一本ある。
食卓へ戻ると、父はもう半分ほど食べていた。
母は戸棚から家族の健康手帳を出した。姉の名前には、九年前の日付と黒い線が引かれている。
その下にある父の名前へ、母は今日の日付を書いた。
「離婚届を出したら、お父さんは家族じゃなくなるのよね」
母は塔矢へ尋ねた。
「あなたは、これからもお母さんの家族でしょう?」
塔矢はうなずいた。
母は台所のタイマーを十二分に合わせた。
父が二口目を飲み込む。
そのとき塔矢は、姉のケーキから青い旗が落ちたのではなかったことを理解した。