家族写真に知らない弟

恋人の実家へ結婚の挨拶に行った赤星朔馬は、玄関の家族写真を見て足を止めた。

恋人の千露、両親、祖母。そして知らない青年が一人。

「弟さんがいたんだね」

千露は小声で答えた。

「今日だけ」

「今日だけ弟?」

「事情があって、家族のふりをしてもらってるの」

「誰に?」

「お父さんに」

朔馬の頭に、複雑な家庭事情という言葉が浮かんだ。

座敷へ入ると、その青年が父の隣に座っていた。

父が紹介する。

「長男の詩門だ」

千露が咳をする。

「今日からね」

詩門も合わせる。

「姉さん、よろしく」

「慣れてない感じを出さないで」

朔馬は考えた。父には息子がいると思わせたい理由がある。跡継ぎ問題か、遺産か、それとも父の記憶に関わる病気か。

父が尋ねる。

「君は長男か」

「一人っ子です」

「なら婿入りできるな」

朔馬は千露を見る。

「その話は聞いてない」

千露が詩門を指す。

「だから弟を用意したの」

父はうなずく。

「跡継ぎができたから、君は千露を連れていっていい」

朔馬は思わず立ち上がる。

「人を用意して家の問題を解決したんですか」

父も立つ。

「何が悪い」

「詩門さんの人生は?」

詩門が答える。

「時給二千円です」

「人生が時間給!」

話を聞けば、詩門は千露の劇団仲間で、父の営む老舗印章店を継ぐ息子役を頼まれていた。

「お父さん、娘が結婚すると店を閉めるって言うから」と千露。

父は腕を組む。

「家族経営の看板を守りたい」

朔馬は詩門へ尋ねた。

「印章を彫れるんですか」

「舞台で木刀なら削りました」

「継承の根拠が薄い」

父は詩門へ質問する。

「店は朝七時からだ」

「役者は朝に弱いです」

「細かい作業だぞ」

「視力は両目一・五」

「接客は」

「台詞があれば」

「家族の台詞は即興だ」

詩門は五分で跡継ぎを辞退した。

父はため息をつき、朔馬を見る。

「君、印章に興味は?」

「結婚の許可と職業選択をセットにしないでください」

翌月、店は千露がオンライン販売を担当し、父が彫り続けることになった。

家族写真の知らない弟だけは、劇団の宣材写真に使われた。