家族割を抜ける夜
父からの電話は、瑠衣のスマートフォンが残量十パーセントになったときに来た。
「来月、家族割の更新だ。お前の回線、このままでいいな?」
画面の隅に、通信会社から届いた二件の通知が並んでいた。父が契約者のままなら月額は安い。自分名義へ移せば千八百円上がり、データ容量も少し減る。その代わり、住所変更も解約も、父の暗証番号を聞かずにできる。
二十九歳になるまで三か月。瑠衣は支払いだけ自分の口座にして、「実質、自立してる」と笑ってきた。けれど機種を替えるたび、店員の前で父へ電話し、本人確認の質問を読み上げてもらった。小さな手間だからこそ、先延ばしにしやすかった。
「安いほうが得だぞ」と父は言った。「一人になってまで高くする意味、ないだろ」
一人になる、という言葉が、回線の話ではないように響いた。
瑠衣は机の上の二枚のSIMカードを見た。郵送で届いた白い新カードと、長く使った桃色の旧カード。白いほうはまだ何にもつながっていない。桃色のほうには家族四人の契約が束ねられている。
「抜けるよ。今日、切り替える」
父は、もったいない、と三回言った。瑠衣もそう思った。千八百円あれば昼食を二回選べる。けれど、損をしないことだけで未来を決めると、いつまでも誰かの契約の枝番だった。
電話を切り、瑠衣は桃色のカードを抜いた。画面からアンテナが消えた。白いカードを差し込んでも、設定が終わるまで圏外のままだった。
数分間、誰からも連絡が届かない。急に心細くなった。
それでも瑠衣は古いカードを戻さなかった。高くなる料金も、つながらない数分も、自分の番号を自分で持つための費用として払うことにした。
回線が戻ると、最初に届いたのは父からの「つながったか」という一文だった。瑠衣は「つながった」と返し、契約者情報の欄に自分の名前がある画面を保存した。翌月の請求は本当に千八百円高く、残高を見てため息が出た。節約のため、帰りに買うつもりだった菓子を棚へ戻した。損を実感したからこそ、得たものを美化せずに済んだ。甘いものを諦めた夜も含めて、この番号の責任は自分にある。