家財目録_家族は記載しない
家財目録――家族は記載しない
【一、食器棚】
購入から二十九年。
扉の蝶番に不具合あり。
長女は処分を主張。母は「まだ使える」と反対。
【二、足踏みミシン】
母が内職に使用。
自己破産手続きに際し、査定対象となるか確認中。
次女は「私が買い取る」と発言。
母は拒否。
「何でも助けようとしないで」
「助けられるうちに助けたいの」
「それで、また私が子どもの顔を見られなくなる」
母は知人の事業へ金を出し、足りなくなるたび借入れを増やした。家族へは、年金で暮らせていると嘘をついた。
【三、指輪】
亡夫から贈られたもの。
母、売却を希望。
長女、反対。
「お父さんの形見でしょう」
「形見だから、今の暮らしを苦しくしても持つの?」
「でも、全部なくしたら」
「全部じゃない」
母は指輪を外した跡を見せた。皮膚に白い輪だけが残っている。
【四、謝罪】
金額なし。
保管場所不明。
母は「子どもに迷惑をかけた」と繰り返す。
長女は「迷惑で済ませるな」と怒る。
次女は泣く。
いずれも整理不能。
【五、今後の住居】
母は小さな公営住宅へ移る予定。
長女宅への同居案は撤回。
次女宅への同居案も撤回。
「私たちを頼ってよ」
「頼る。でも、全部を背負わせない」
母は、買い物の付き添いと、月一回の家計確認だけを頼んだ。
【六、食器棚・再記】
処分前日、三人で中身を出す。
欠けた皿は、長女が持ち帰る。
小さな湯呑みは、次女。
亡夫の茶碗は、母。
空になった棚の奥から、幼い姉妹の落書きが見つかった。
〈おかあさんのたからもの〉
母は笑ったあと、声を出して泣いた。
【七、家族】
家財ではないため、目録へ記載しない。
所有者なし。
換価不能。
処分不可。
ただし、嘘による損傷あり。
修復の可否は未定。
月一回、三人で確認を続ける。答えが変わっても、書き直す。
最後の一行だけ、母ではなく姉妹が書いた。
〈価値がないのではなく、値段をつけない〉
食器棚はなくなった。
けれど家族は、母の失敗を美談にも廃棄物にもせず、整理の終わらないものとして、三人の間に残した。