封印槽の劣等生
トーマ・アルカの胸元には、いつも黒い革帯が巻かれていた。
能力測定の日、水晶は革帯の奥をのぞき込み、【魔力容量:1】と表示した。
「空の器ね」
封印科首席のベリンダ・ロシュが笑う。彼女の周囲には、抑えきれない紫電が花のように咲いていた。
トーマは何も言わず、講堂の壁際へ下がった。幼いころから、彼の役目は同じだった。誰かの術が暴れたとき、その余分を胸の革帯へ吸い込む。吸った魔力は自分の力にならない。ただ重く、冷たく、痛みとして残る。
教師たちはそれを「体質」と呼び、能力には数えなかった。
ベリンダの測定が始まる。彼女は天井へ雷冠を掲げた。拍手に気をよくしたのか、制御輪まで外す。紫電が柱を走り、観覧席へ枝分かれした。
教師が緊急封印を唱えたが遅い。ベリンダ自身も雷に縛られ、指を動かせなくなった。
「トーマ!」
呼んだのは、さっき笑った本人だった。
トーマは革帯をほどいた。胸には、古い火傷のような紋が重なっている。彼が雷冠へ手を伸ばすと、講堂を満たしていた紫が細い流れになり、すべてその紋へ沈んだ。
灯りが落ちる。静寂の中で、トーマだけが立っていた。膝は震えていたが、ベリンダを責める言葉は口にしなかった。
革帯の内側から、吸い込まれた魔力の残響が浮かび上がった。過去の実習で消えた火災、壊れずに済んだ召喚門、原因不明のまま収束した暴風。そのたび近くにいたのはトーマだった。
教師長は記録簿をめくり、顔をこわばらせる。事故が起きなかったため、どの頁にも彼の働きは書かれていない。代わりに暴走した生徒たちへ「制御成功」の加点が与えられていた。
「容量が空なのではない」
封印具の技師が、トーマの胸の紋を見て言った。
「常に誰かの余剰を受け入れていたから、自分の分が残らなかっただけだ」
ベリンダは自分の首席章を握りしめた。そこに刻まれた華々しい実績のいくつが、トーマの痛みの上に立っていたのか、もう数えられない。
トーマは革帯を結び直そうとしたが、教師長が止めた。隠すべき欠陥ではなく、学院が守るべき力だと、初めて公に告げた。
新式水晶が、消えた魔力の行方を追う。ベリンダの出力ではなく、講堂が壊れなかった理由を測り始めた。
【暴走抑制率:98%】
教師長はトーマの革帯を「欠陥隠し」と記した古い札を破り捨てた。代わりに封印官の外套を肩へ掛ける。
水晶板の役職欄が反転した。
【封印科・序列更新】
筆頭封印生:トーマ・アルカ
要監督術者:ベリンダ・ロシュ