屋上図書館、羽音の部
市立図書館の屋上には、人間の知らない分室がある。
室外機の陰に並ぶのは、風に飛ばされた頁、古い貸出票、枝に挟まった栞。閉館後、梟の綴目がそれらを拾い読みし、守宮の硝子が文字の欠けを確認する。蛾の灯衣は紙の上へ影を落とし、野良猫の紙魚は聞くだけの会員だった。
今夜の議題は、司書のことだった。
「最近、昼休みに本を読んでいない」
綴目が言う。
「返却台の前でパンを一口食べ、すぐ立っている」
硝子が壁を這いながら報告する。
「閉館後も、棚の隙間を直しています」
灯衣が羽を震わせた。
「人へ読む本を薦めるのに、自分の本は開かない」
紙魚は尾で古い栞を叩いた。
司書は毎朝、屋上の植木へ水をやる。動物たちへ話しかけることはないが、巣の近くへ薬を撒かず、窓辺に迷い込んだ虫を紙でそっと外へ出す。綴目たちは、その人間が少しずつ薄くなっていくのを心配していた。
「好きな本を知らせよう」
古い貸出票を調べると、司書が二十年前に何度も借りた児童書が見つかった。海辺の灯台で猫が一晩留守番をする、短い物語だ。
紙魚が地下書庫から本の匂いを辿り、硝子が返却口の隙間を通り、灯衣が頁の間へ屋上の栞を挟んだ。綴目は最後に、本を休憩室の窓辺まで運んだ。重い仕事だったので、途中で三度休んだ。
翌日の昼、司書は窓辺の本を見つけた。
「どうして、ここに」
表紙を撫で、栞の頁を開く。そこには、灯台守が夜食のスープを温め、猫と海を眺める場面があった。
司書はしばらく立ったまま読んでいたが、やがて椅子を引いた。売店で買ったパンも皿へ出し、温かな紅茶を淹れる。
十分後、彼女は本を閉じずにもう一章読んだ。
夜の分室で、綴目が会議を開いた。
「効果は?」
「昼休み、二十七分」
硝子が答える。
「紅茶は林檎の香り」
灯衣が嬉しそうに舞う。
紙魚は何も言わず、司書が本へ挟み直した栞を見た。裏には鉛筆で、〈明日、続きを読む〉と書かれている。
屋上を夜風が通り、紙と乾いた葉の匂いをめくった。
分室の会員たちは、読まれなかった言葉にも居場所を作る。今夜はそれぞれの好きな一行を持ち寄り、月明かりの下で静かに読んだ。
階下では司書が帰り支度をし、久しぶりに一冊の本を鞄へ入れていた。