山は新人の命令だけを聞く
「能力なし。坑道では石ころのほうが役に立つ」
ドワーフの試験官は、久世朔の登録札を半分に折った。
異世界転移の直後、朔は鉱山都市グランダへ送られた。勇者としてではない。食費を稼ぐため、鉱夫組合の採用試験を受けただけだ。鑑定つるはしは微動だにせず、周囲の受験者から失笑が漏れた。
その失笑を、坑道奥からの爆音が消した。
コボルトの群れが防壁を破ったのだ。革鎧と短剣しか持たない低級魔物だが、暗い坑内では数が力になる。鉱夫たちは出口へ殺到し、支柱が倒れ、退路が塞がれた。
「新入り、そこを支えろ!」
試験官は折れた登録札を朔へ投げた。木材一本で落盤を止めろという、見捨てるための命令だった。
朔は元の世界で地質調査員だった。岩盤の声など聞こえない。ただ、亀裂の向きと粉塵の色を見れば、山がどこへ力を逃がしたがっているかは分かる。
迫るコボルトの後方に、赤い冠をかぶった大柄な影がいた。群れを追い立てるコボルト王。低級種の大発生に見せかけ、鉱脈を奪うための侵攻だった。
朔は折れた札の尖端で、壁に一語だけ刻んだ。
――脅威。
そして《鉱物指定》を一度だけ行った。
山全体が、巨大な鐘のように震えた。
コボルトたちの足元から黒い結晶が伸びる。刃ではない。山が「脅威」と名づけられたものを鉱石として採掘し始めたのだ。群れは一体ずつ結晶へ包まれ、地面の流れに乗って坑外へ運ばれていく。最後に王の冠が沈み、轟音が止んだ。
同時に、崩れかけた天井の岩まで整然と柱へ組み替わった。出口には、黒い結晶の塊が百個、等間隔に並んでいた。
鉱山の価値を測る大鑑定つるはしが、壁から抜け落ちて砕けた。
都市王ドーガンが視察台から立ち、兜を脱いだ。
「山が、我らの王命より先に動いた」
誰も笑わなかった。
試験官は折った登録札を拾い集めようとしたが、組合長がその手を止める。新しい札には、鉱夫見習いではなく、これまで空席だった役職が刻まれ始めていた。
――山主。
坑道にいた全員が、朔の返事を待っていた。