島みかんの白い筋

 海東澄花は、遠距離恋愛を終えた翌週、瀬戸内の小島へ渡った。

 毎晩つないでいた通話がなくなると、部屋の夜が広すぎた。旅行なら空白を景色で埋められると思ったが、フェリーの甲板でも、つい携帯を見てしまう。

 島の宿は蜜柑畑の中にあった。

 迎えに来た宿主の青年は、澄花の大きな鞄を見て、

「三泊にしては重いですね」

 と言った。

「念のためが多くて」

「島には、だいたい足りないものがあります」

 脅しているのか慰めているのか分からなかった。

 翌朝、澄花は畑の手伝いに誘われた。

 収穫籠を腰へつけ、鋏で実の軸を切る。

 青年は、皮に傷のある蜜柑も別の箱へ入れた。

「売れないんですか」

「ジュースやジャムになります。見た目で行き先が変わるだけ」

 澄花は黒い斑点のある一個を掌で転がした。

 休憩になると、畑の石垣へ座り、蜜柑を一つずつむいた。

 青年は白い筋をほとんど取らずに食べる。

「苦くないですか」

「少し苦い方が、甘いところが分かる」

 澄花は元恋人が白い筋を一本残らず取る人だったことを思い出した。彼の丁寧さが好きだった。けれど待ち合わせも将来の話も、何でもきれいに揃うまで先へ進めなかった。

 自分の蜜柑は筋を残して口へ入れた。

 薄い苦みのあと、果汁が弾けた。風に葉が擦れ、海から塩気のある匂いが上がってくる。

「失恋旅行ですか」

 青年が唐突に訊いた。

「分かります?」

「一人旅の人は、景色を見るか携帯を見るか、どちらかに偏るので」

「私は?」

「今は蜜柑を見てる」

 その日の夕食には、傷のある蜜柑で作ったソースが魚料理へ添えられた。

 酸味が焼いた白身の甘さを引き出し、皮の香りが鼻へ抜ける。

 澄花は誰にも写真を送らず、ゆっくり食べた。

 帰る朝、青年が小瓶のマーマレードをくれた。

「白い筋も少し入ってます」

「苦い?」

「少しだけ」

 フェリーで瓶を光へかざすと、橙色の皮が不揃いに浮かんでいた。

 携帯には元恋人から、預けた本をどう返すかという短い連絡が来ている。

 澄花は〈郵送で大丈夫。ありがとう〉と返し、画面を伏せた。

 船室には珈琲と潮の匂いが混じり、鞄の中から蜜柑の明るい香りがした。

 苦みを全部取らなくても、次の一口はちゃんと甘かった。