左足の木型
義足メーカーの工房で、佐波木理一は同じ部品を何度も削った。
完成品だけ見れば、機械加工のソケットと大差はない。だが理一は装着者が歩くたびに皮膚がどう動くかを見て、内側を髪一本ほど薄くした。納期は量産品の三倍かかった。
生産部長の飯島景綱は、その遅さを嫌った。
「一日かけて一個しか作れない職人は、給料泥棒だ。今は三次元スキャンの時代だぞ」
理一が担当していた競技用義足も標準工程へ移され、理一は即日解雇された。
最初の一週間は数字が良くなった。出荷数が増え、飯島は会議で改革の成果を語った。二週目から返品が届いた。長距離選手の断端に水疱ができ、子ども用のソケットは階段でずれた。三か月後、提携病院は新規処方を止めた。返品箱には「歩く練習より、痛みに耐える練習になった」という子どもの母親の手紙まで入っていた。
飯島は「慣れの問題だ」と報告書へ書いたが、競技連盟の強化指定選手が練習中に転倒したことで隠せなくなった。
理一は、大学発の小さな義肢スタートアップへ移っていた。高価な機械はなかった。理一は選手の左足を触り、走る動画を一晩見て、木型を作った。踵側に一ミリの逃げを設け、踏み切りの瞬間だけ圧が分散するようにした。
代表選考会の日、その選手は自己記録を一秒以上縮めてゴールした。走り終えた後も、皮膚には赤み一つなかった。
翌週、全国のリハビリ病院を束ねる共同調達会議が開かれた。飯島は値引き案を持ち込み、失った契約を取り戻そうとした。
委員長の医師は、机の上に二つのソケットを置いた。
「こちらは御社の量産品。こちらは佐波木さんの新製品です。価格差を議論する前に、患者の傷を見てください」
大型画面に返品記録が映った。飯島の顔から色が消えた。
「佐波木を外注として戻せば――」
「違います」
医師は新会社との全国採用契約へ署名した。
「私たちは会社名で選んでいたのではない。佐波木さんの手を選んでいたのです」
理一の名が主任技師として契約書に印字され、飯島の会社は調達先一覧から消えた。