弔辞には赤を入れる
八十七歳の父は、自分の葬儀の弔辞を息子に書かせた。
「まだ生きてるだろ」
「死んでからでは直せん」
息子は面倒になり、ありふれた文章を作った。
〈父は家族思いで、寡黙ながら深い愛情を注ぎ――〉
翌日、紙は赤字だらけで返ってきた。
〈家族思い〉に二重線。
横へ〈家にいる時間が長かっただけ〉。
〈寡黙〉にも線。
〈謝り方を知らなかった〉。
〈息子から尊敬され〉は、段落ごと消されていた。
「そこまで卑下するなら、自分で書け」
「お前に嘘を言わせたくない」
「死ぬ前だけ正直になれば、帳消しになると思ってる?」
「ならん」
父はあっさり答えた。
息子は腹を立てたまま、書き直した。
〈父は仕事を優先し、母の入院にも遅れて来ました。息子の進路を否定し、十年近く口をきかなかった時期があります〉
父は黙って読んだ。
「これを葬儀で読むのか」
「嘘は嫌なんだろ」
「そうだな」
赤ペンで、〈十年近く〉を〈十一年〉へ直した。
息子は笑いそうになり、堪えた。
二人で文章を削り、足した。
〈父は家族を幸せにするのが上手ではありませんでした〉
父が書き加える。
〈息子も、父を好きになるのが上手ではありませんでした〉
「俺まで採点するな」
息子が線を引いた。
代わりに書いた。
〈それでも息子は、月に二度、父の家を訪れました〉
父は〈訪れました〉を〈来てくれました〉へ直した。
「恩を着せるな」
「事実だ」
「許したから来たんじゃない」
「知ってる」
父は赤字を消し、〈来ました〉だけにした。
最後の一文で、二人は長く揉めた。
完成した文章はこうなった。
〈父は父で、私は息子でした。十分な家族ではなかったかもしれませんが、何もなかったわけでもありません〉
父は丸をつけ、満足そうに頷いた。
「これなら死ねる」
「締切みたいに言うな」
弔辞は封筒へ入れ、仏壇の引き出しにしまった。
一年後も父は生きていた。
息子は月に二度訪れ、毎回、弔辞へ一行ずつ赤を入れた。
死ぬまでの文章ではなく、死ぬまで続く関係の記録になっていった。