引き継ぎ欄の三行

小春は閉店後の薬局で、棚卸し画面の数字を三度見直した。

胃腸薬の在庫が、帳簿より二箱少ない。

午後、返品処理をしたときに、入庫と出庫を逆に入力した覚えがあった。履歴をたどると、やはり自分の社員番号が表示された。実物は足りている。数字だけがずれ、そのままでは翌朝の自動発注が余計にかかる。

時計は二十一時八分。小春の勤務は二十一時までだった。

失敗した夜は、誰にも言わずに残る。それが彼女の癖だった。残業申請はせず、勤怠だけ先に切り、店内の照明が半分消えてから直す。「迷惑をかけた分を返している」と思えば、椅子に座ることも、水を飲むこともためらわずに済んだ。

今日も退勤ボタンへ指を伸ばし、止めた。

先に、引き継ぎノートを開く。

《胃腸薬二箱分、返品処理を逆入力》

一行目を書いたところで、胸が縮んだ。字を小さくして、理由をぼかしたくなった。

けれど二行目に、《実在庫は一致。自動発注のみ影響》と書き、三行目に、《修正権限がないため、明朝責任者確認をお願いします。入力者・小春》と続けた。

店長はもう帰っている。明日、注意されるかもしれない。評価表に残るかもしれない。それでも、今夜ひとりで管理者の端末を借りるより、そのほうが正しい。

小春は勤怠画面で、二十一時八分までの残業を申請した。八分だけでも申請するのは、初めてだった。

バックヤードの冷蔵庫から自分の麦茶を出し、半分飲む。帳簿の数字はまだ直っていない。未処理の表示も赤いままだ。

引き継ぎノートを閉じる前、三行が誰の目にも読める濃さで書かれていることを確かめた。余白に《本当にすみません》と足したくなったが、ペンを置いた。明朝必要なのは謝罪の量ではなく、どの画面を直すかだった。

シャッターを下ろし、鍵を回した。帰り道で仕事用チャットを開きそうになり、通知を翌朝八時まで停止する。

明日の自分に仕事を渡すことは、逃げではない。そんな言葉を胸に掲げるほど、まだ信じられてはいなかった。

ただ今夜、小春は店に戻らなかった。ポケットの鍵を握り直さず、駅へ向かって歩いた。