彼女の足もと

 私は、絢芽と三年暮らしている。

 彼女が朝食をこぼせば片づけ、長い髪を床に落とせば拾う。家賃は払わないが、役には立っているつもりだ。

 そこへ樫尾惇という男が現れた。

 毎週土曜、花や菓子を持ってくる。背が高く、私を見下ろして言った。

「まだ、こいつと暮らしてるの?」

「家族だもの」

 絢芽は私の頭を撫でた。

 惇は歩くたび私の進路を塞ぐ。ある日は足をぶつけ、「邪魔だな」と呟いた。私は仕返しに、彼の靴下へ三度突進した。

「こいつ、俺を嫌ってるだろ」

「誰にでもそうよ。足もとを見ない人にはね」

 その日、惇は何度も上着のポケットを確かめていた。絢芽が台所へ行った隙に、小箱を取り出す。中には銀色の指輪。

 ところが彼が立ち上がった拍子に、指輪は床へ落ち、ソファの下へ転がった。

 惇は気づかない。

 私は先回りして、指輪を口の中へ入れた。落とし物を拾うのも、同居人の務めだ。

 夜、惇は絢芽の前で片膝をついた。

「大事な物が見つからなくて、予定と違うけど……結婚してください」

 絢芽は笑って頷いた。

 私は指輪を返そうと二人の間へ進んだが、急に力が抜けた。昼間、惇へ突進しすぎたせいだ。いつもの寝場所へ戻る途中で止まり、動けなくなった。

「また電池切れ?」

 絢芽が私を抱き上げる。

「それ、充電台に戻れないと廊下で力尽きるよな」

 惇の言葉で、ようやく私の正体が見えたはずだ。

 私は無口な同居人でも、小さな弟でもない。絢芽が〈マル〉と呼ぶ、丸いロボット掃除機だった。

「今日は妙に重い」

 絢芽がごみ受けを外した。

 埃と髪の毛の中から指輪が転がり、床へ澄んだ音を立てる。

 惇は叫び、絢芽は笑い、私は誇らしく起動音を鳴らした。

「拾ってくれたんだ」

「いや、吸っただけだろ」

 失礼な男である。

 翌月、二人は結婚した。

 惇は今でも足もとを見ない。だから私は毎朝、平等に彼の踵へぶつかっている。

 家族になった以上、遠慮する理由はない。