彼岸の丸い餡

 芹田仁史は、春の彼岸になると祖母の家へ呼ばれた。

 八十九歳の祖母は元気だったが、今年は「餡を練る腕が重い」と言う。仁史は料理をほとんどしない。それでも、鍋を焦がさないよう木べらで混ぜるくらいならできると思った。

「もう火を止めていい?」

「まだ。鍋底が見えてから」

「ずっと見えてるよ」

「混ぜた一瞬だけじゃ駄目」

 小豆の甘い匂いが台所いっぱいに広がり、仁史の額には汗が浮いた。

 餅米を半分潰し、手を水で濡らして丸める。

 祖母の手からは同じ大きさの俵が次々生まれるのに、仁史のものは大きかったり細かったりした。

「売り物じゃないんだから」

「でも、並べると目立つ」

「食べれば皆、口の中で同じ」

 そこへ、隣家の小学生二人が重箱を持ってきた。

「おばあちゃん、手伝う」

 祖母は当然のようにエプロンを貸した。仁史は少し戸惑った。子どもたちとは挨拶程度しかしたことがない。

 けれど餡を包み始めると、形の悪さを笑われ、仁史も反撃に「そっちは餡が薄い」と言った。台所は急に賑やかになった。

 全部で三十六個できた。

 きな粉、黒胡麻、餡。重箱へ詰めると、仁史の大きなぼた餅は角へ押し込まれた。

「これは誰用?」

 子どもが訊く。

「一番働いた人用」

「じゃあ、おばあちゃん」

「混ぜたのは僕だよ」

 祖母は笑いながら、その大きな一つを四つに切った。

 仏壇へ供えたあと、縁側で皆で食べた。

 餡は少し粒が残り、仁史にはその方がおいしかった。きな粉が指へつき、風が盆の紙をめくった。

 祖母は湯呑みを持ちながら、亡くなった祖父のことを話した。

「あの人は、餡を中へ入れる派だった」

「それ、ぼた餅じゃなくて大福じゃない?」

「本人は同じだと言ってた」

 仁史は笑い、もう一つ手を伸ばした。

 彼岸は、いなくなった人を思う日だと子どもの頃から教わってきた。けれど今日は、いる人の手の温度を確かめる日でもあるように思えた。

 帰るころ、祖母は残りを新聞紙で包んだ。

「会社へ持っていきな」

「形がばらばらだよ」

「話の種になる」

 紙包みから、小豆ときな粉の香りが上がった。

 仁史はそれを胸元へ抱え、次の彼岸までに餡を練る腕を少し鍛えておこうと思った。