怪盗、喝采を浴びる
伴田三吉は、時計博物館の大時計の腹で目を覚ました。
腕時計は十二時三分。計画どおり、閉館から七時間が過ぎている。
前日の夕方、三吉は修理業者の制服で館内へ入り、高さ四メートルの機械時計へ潜り込んだ。午前零時には警備員が北棟へ移り、展示室の感知器が点検用回路へ切り替わる。その五分間に、皇帝愛用の金時計を盗む手筈だった。
花粉症の薬を二錠飲んだせいで寝過ごしかけたが、まだ十二時三分。余裕はある。
三吉は歯車の裏から這い出た。展示室は薄暗く、遠くで人の囁きがする。夜間清掃員だろう。子どもの笑い声まで聞こえたが、最近の清掃会社は託児所でも始めたらしい。
黒い覆面をかぶり、感知器へ磁石を貼る。複製した鍵で展示ケースを開け、金時計を掲げた。
その瞬間、照明が一斉についた。
百人近い親子が、三吉を囲んでいた。
拍手が起きた。
「怪盗だ!」
「本当に時計を取った!」
子どもたちが歓声を上げる。壇上の学芸員も最初は笑っていたが、三吉の手にある本物の鍵を見て、顔色を変えた。
「ええと……本日の防犯教室で怪盗役をお願いした方ですか?」
三吉は状況を理解できないまま、出口へ走った。制服警官が三人、待ち構えていた。今日は正午から、親子向け行事〈怪盗から宝を守れ〉が開かれていたのだ。役者は渋滞で遅刻しており、黒装束で大時計から現れた三吉を、全員が代役だと思ったらしい。
「夜中に子どもを集めるな!」
取り押さえられながら叫ぶと、警官は壁の大時計を指した。二本の針は真上で重なっている。
「いまは昼の十二時五分ですよ」
三吉の腕時計は十二時間表示だった。液晶の右上が割れ、午前と午後を示す小さな文字だけ見えなくなっている。
彼は七時間眠ったのではない。
防音された時計の腹で、十九時間熟睡していたのだ。
盗みの腕前には自信があった。秒単位の計画にも抜かりはなかった。
ただ一つ、午前零時と正午が、文字盤では同じ顔をすることを忘れていた。
こうして伴田三吉は、博物館史上もっとも盛大な拍手を浴びた泥棒として、真昼に現行犯逮捕された。