愛情保全プログラム終了報告
【共同生活支援AI〈リレイト〉月次報告】
利用者――鶴間井レナ/巴川悠臣
交際期間――九年二か月
推定愛情摩耗率――七八%
推奨課題一。
一日一回、相手の長所を言葉にしてください。
レナ:
「悠臣は、ゴミの分別が正確」
悠臣:
「レナは、公共料金を忘れない」
AI:
家事能力ではなく、人格的長所を推奨します。
二人は笑った。
久しぶりに同じことで笑えたので、プログラムを三か月延長した。
推奨課題二。
週に一度、初めてのデートを再現してください。
二人は九年前と同じ喫茶店へ行った。
レナは同じ苺パフェを頼み、悠臣は同じ窓際へ座った。
「昔、ここで何を話したっけ」
「覚えてない」
「私も」
写真だけは残っていた。
若い二人は、目の前の相手が何を言うか待ちきれない顔をしている。
今の二人は、次の課題が何かを端末で確認した。
推奨課題三。
六十秒間、無言で抱きしめ合ってください。
三十二秒で、悠臣の腕が緩んだ。
レナも数えていたので責められなかった。
AI:
達成率五三%。再試行しますか。
「しない」
二人の声が重なった。
その夜、レナはリレイトへ訊いた。
「摩耗した愛は、戻るの?」
AI:
愛情を直接測定することはできません。会話頻度、接触時間、相互関心行動から推定しています。
悠臣が言った。
「つまり僕たちは、数字へ別れろと言われてるわけじゃない」
「数字がなくても分かってたでしょう」
二人は、プログラムを始めた理由を思い出した。
喧嘩が増えたからではない。
喧嘩をするほど相手へ期待しなくなったからだった。
【終了手続き】
共同履歴を削除しますか。
選択肢――削除/個別保存/共有保管
悠臣は〈共有保管〉を押した。
「消したら、失敗だったみたいだから」
レナもうなずいた。
AI:
関係を終了しても、共有保管庫は双方の同意なしに開けません。
「もう開かないかもね」
「それでもいい」
二人は住所変更と家具の分配を、AIの助けを借りずに決めた。
ソファは悠臣。
食器棚はレナ。
九年間撮りためた写真は共有保管庫へ。
最後にリレイトが尋ねた。
AI:
別れの理由を登録しますか。
レナは入力した。
〈嫌いになったからではない〉
悠臣が続けた。
〈好きでい続けるための努力が、好きだった頃の記憶を削り始めたから〉
送信後、端末は静かになった。
二人は玄関で短く抱きしめた。
課題ではないので、秒数を数えなかった。
何秒だったか、どちらも覚えていない。
ただ、終わらせると決めたあとの抱擁だけは、久しぶりに相手のためのものだった。