戻ってきたのは二十八人
深夜二時十七分、白鷺コーポの火災報知器が鳴った。
自治会長の埴生伶史は、寝間着のまま住人を駐車場へ誘導した。全十六世帯、住民台帳では二十七人。部屋番号を呼び、家族ごとの人数を確認する。
二十七人、全員いた。
消防隊が調べたところ、火も煙もなかった。警報は半年以上空室の五〇三号室から発報していたが、室内には誰もいない。
午前三時、住人は階段で部屋へ戻った。
翌朝、管理会社から電話が来た。
『防犯映像の人数が合いません。建物を出たのは二十七人ですが、戻ったのは二十八人です』
映像を確認すると、確かに一人多かった。
住人たちの列に、灰色の頭巾をかぶった人物が混じっている。駐車場にはいなかったのに、玄関を入る映像では伶史と妻の間を歩いていた。
顔は見えない。
ただ、伶史の妻が当然のようにその人物の腕を支えている。
「昨夜、誰と歩いていた?」
帰宅して尋ねると、妻は不思議そうに答えた。
「お義母さんでしょう」
伶史の母は十年前に亡くなっている。
居間には、知らない老女が座っていた。
灰色の頭巾を膝に置き、伶史の母が好んだ湯飲みで茶を飲んでいる。
「寒かったねえ」
顔も声も、記憶の中の母と同じだった。
伶史は押入れから家族アルバムを出した。
結婚式、旅行、妻の誕生日。昨日まで母がいなかった写真のすべてに、老女が写り込んでいる。
住民台帳も二十八人へ修正されていた。
五〇三号室の空欄だけは変わらない。
伶史は管理会社へ映像を保存するよう頼んだ。
『何のことでしょう。出入りはどちらも二十八人です』
電話の向こうでも、記録が書き換わっていた。
唯一、伶史が駐車場で撮った点呼表だけが残っている。
二十七人の氏名の下に、鉛筆で見覚えのない一行が加わっていた。
〈外にいない者も、警報が止まれば中へ戻すこと〉
夜、老女は五〇三号室の方角を見ながら言った。
「次の警報は、いつ鳴るのかね」
「どうして?」
「今度は、お父さんも連れて帰れるでしょう」
壁の向こうで、火災報知器が一度だけ短く鳴った。
老女は玄関へ向かい、伶史の靴を三人分並べ始めた。