手すりを三度たたく雨
初音は、友人たちの集まりを断った夜ほど、写真共有アプリを何度も開いてしまう。
行けば疲れると思った。仕事の話も恋人の話も、うまく笑って聞ける自信がなかった。だから「今日は先に寝るね」と送った。それなのに午前一時、ベッドの上で流れてくる乾杯の写真を見ていると、自分だけが町の外へ置かれたようだった。
初音はスマートフォンを伏せ、ベランダへ出た。
細い雨が降り始めていた。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
アルミの手すりを三度たたき、少し間をあけて、また三度たたく。隣では室外機の羽根が回り、雨粒を細かく散らしている。マンションの外廊下の照明は白く、濡れた床だけがやけに明るい。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
初音は回数を数えた。三、六、九。意味のない数字は、通知の数より静かだった。
上の階で、物干し竿が一度鳴った。
からん。
次の瞬間、黄色い洗濯ばさみが落ちてきて、初音のベランダの床を二度跳ねた。軽い音だった。誰かが慌てて洗濯物を取り込んでいるらしい。天井の向こうで足音が行き来し、窓が開き、布がばさばさと雨をはらう。
「一個、落ちた」
小さな声がした。相手は初音に言ったのではない。部屋の中の誰かへ、あるいは独り言として言っただけだった。
初音は洗濯ばさみを拾った。手すりの内側、雨に流されない場所へ置く。明日、管理人室へ持っていけばいい。
上の窓が閉まると、足音は消えた。
ぽつ、ぽつ、ぽつ。
雨だけがまた三度ずつ手すりをたたく。
初音はスマートフォンを開いた。写真共有アプリではなく、目覚ましを七時半に合わせる。友人たちへの追加の言い訳も、楽しそうな印も送らなかった。
雨脚は少し弱まり、室外機の回転音がまた前へ出てきた。初音の画面には新しい写真が一枚増えたが、通知の数字を消すためだけに開くのはやめた。黄色い洗濯ばさみのほうが、今夜ここにあるものとして確かだった。
部屋へ戻る前、黄色い洗濯ばさみがそこにあることを確かめた。
今夜は、自分が選んで帰った夜だ。そう思うにはまだ少し寂しかったが、画面を伏せたまま眠ることはできそうだった。