拾わない宝箱
クシュラは宝箱を見つけても、すぐには触らなかった。
蓋の隙間へ糸を通し、匂いを嗅ぎ、周囲の苔まで確かめる。金貨を前に立ち止まるたび、仲間は露骨に舌打ちした。
戦利品を持ち帰らない彼女の貢献は3%。隊長ヴェスパは、豪華な箱の前で成果板を見せつけた。
「臆病者が分け前を減らしている。今日で抜けてもらう」
クシュラは箱の金具へ白い粉を置いた。粉は黒く変わったが、ヴェスパは汚れだと思い、袖で払った。
追放された彼女が回廊を戻り始めると、背後で歓声が上がった。すぐに、それは悲鳴へ変わった。
箱の中に金貨はなかった。蓋の裏から細い根が伸び、触れた者の影へ潜り込む。影を奪われた仲間は目を開けたまま動けず、ヴェスパだけが箱を蹴って責任を逃れようとした。
クシュラは引き返した。助けを求められたからではない。黒くなった粉を見た時点で、この寄生箱が迷宮の外へ運ばれる未来を知っていたからだ。
彼女は宝箱へ剣を向けず、床へ転がっていた金具を拾った。根が伸びるたび、金具を別の影へ映す。寄生箱は獲物を見失い、自分の蓋へ根を巻きつけた。
「宝は、開けた者のものだろ」
震えるヴェスパへ、クシュラは冷たく答えた。
「危険も同じです。だから確かめる人が必要なんです」
帰還の途中、仲間はクシュラが以前置いていった白い粉の跡を見つけた。そこだけ床の牙が開かず、壁の眼も眠っていた。拾えた宝ばかり数えていた彼らは、持ち帰らずに済んだ呪いの方が多かったことを知る。ヴェスパは粉の跡を靴で消そうとしたが、誰も手伝わなかった。
帰還した隊は、彼女が戦利品を独占しようとして箱を壊したと報告した。すると戦利品台帳が勝手に開き、過去の持ち帰り品を再鑑定した。呪われずに売れた装飾、毒を出さなかった袋、夜中に牙を生やさなかった箱。価値を生んだのは拾った腕ではなく、拾わないと決めた目だった。
ヴェスパが次の箱へ手を伸ばすと、腕輪が赤く固まった。
《戦利品貢献・真正算定》
申告値:3% → 真値:96%
働き順位:首位 クシュラ
役割更新:荷物検査係 → 戦利品決裁者
旧隊長ヴェスパ:開封許可申請者