拾得物台帳_第四十六号
拾得物台帳――第四十六号
【拾得日時】
十一月九日 午後七時十二分
【拾得場所】
夜凪スーパーマーケット 二番レジ脇
【拾得物】
紺色二つ折り財布
現金一万八千六百四十二円
診察券、写真三枚、買い物メモ
【拾得者】
久須美弦乃
宅配業。氏名の記載を渋る。
理由――「当たり前のことで名前を書くのは恥ずかしい」
【備考】
拾得者の手袋、右親指に大きな穴あり。
外は降雪。
財布を届けたため次の配達へ遅れると電話していたが、店を出る際、こちらには謝らず、財布へ向かって「遅くなってごめん」と言った。
【午後七時四十分】
所有者来店。
七十二歳男性。財布を受け取る前に、買い物メモの有無を確認。
メモには、
〈塩分の少ない味噌〉
〈柔らかいリンゴ〉
〈明日の朝、笑って話すこと〉
と記載。
男性によれば、妻が退院する前日に一緒に書いたもの。妻は翌朝亡くなり、最後の一行を実行できなかったため、以後、買い物のたびに財布へ入れている。
拾得者への謝礼を希望するが、本人はすでに配達へ戻った。
【十一月十六日】
所有者、再来店。
毛糸の手袋一組を持参。
「財布を拾ってくれた手が寒そうだった」とのこと。
個人情報保護のため、拾得者の住所は案内できない旨を説明。所有者は、宅配便で店へ荷物を届ける人なら会えるかもしれないと、毎夕七時ごろ来店。待つ間、買い物かごを戻したり、入口の雪を小さなスコップで寄せたりしていた。
【十一月二十二日】
拾得者来店。
手袋の受け取りを拒否。
「財布を返しただけで、こんなものはもらえない」
所有者、次のように返答。
「私も、妻からもらった親切を返す相手がいなくなった。受け取ってもらえないと、ずっと持ったままになる」
拾得者、沈黙ののち着用。
大きさ、ちょうどよし。
【処理結果】
財布――所有者へ返還。
謝礼――辞退。
手袋――拾得者へ引き渡し。
【担当者追記】
台帳には、品物がどこからどこへ移ったかを書く決まりがある。
しかしこの件で本当に移動したものは、財布でも手袋でもない。
拾った人が立ち止まった数分と、待っていた人が十三日間持ち続けた思いが、互いの手へ届いた。
該当欄がないため、余白へ記す。