指紋のついた星
二月十四日の朝、下駄箱の奥に透明な袋が入っていた。
中には星形のチョコが五つ。どれも表面が白く曇り、角が少し欠けている。市販品なら返品されそうな出来だった。
名前はなかった。代わりに、袋を留めるシールへ小さく『失敗作』と書かれていた。
その字を知っていた。
家庭科の調理実習で、同じ班になった彼女の字だ。計量カップにまで名前を書く慎重な人なのに、チョコだけはなぜか失敗している。
教室へ行くと、彼女は友人たちへ四角いチョコを配っていた。包装もきれいで、リボンも揃っている。
「僕のだけ失敗作?」
小声で聞くと、彼女は持っていた袋を落としかけた。
「知らない」
「字が同じ」
「似てる人、いるから」
「星形も、この前練習してた」
「見てたの?」
声が大きくなり、周りが振り向いた。彼女は僕の袖をつかみ、廊下へ連れ出した。
階段の踊り場まで来ると、彼女は壁を見たまま言った。
「ちゃんとしたのを作るつもりだった」
湯煎の温度を間違えた。型から外すときに欠けた。指で触った跡も残った。作り直そうとしたが、時間が足りず、友達用だけ市販のチョコを飾った。
「だから失敗作って書いたの」
「本命じゃないって意味?」
彼女は答えなかった。
僕は袋を開け、一つ食べた。少し柔らかく、舌の上でゆっくり溶けた。見た目ほど悪くない。むしろ、コンビニのチョコよりずっと甘かった。
「指紋ついてる」
「だから言ったでしょ」
「どの指?」
「知らない」
僕は残りの星を光へ透かした。確かに一つだけ、表面に小さな渦のような跡がある。
「これ、取っておく」
「溶けるよ」
「じゃあ今日中に食べる」
「取っておくんじゃないの」
彼女がやっと笑った。
予鈴が鳴り、教室へ戻る途中、僕は袋の底に小さな紙があるのを見つけた。
『きれいに作れたら、好きって書くつもりでした』
立ち止まると、彼女も二歩先で止まった。
「読んだ?」
「うん」
「忘れて」
「無理」
朝の昇降口と同じ答えを返すと、彼女は耳を赤くした。
僕は星をもう一つ口に入れた。
「来年も失敗して」
「なんで」
「成功したら、みんなに同じの配れるから」
彼女はしばらく黙り、それから小さくうなずいた。
最後の一つには、たぶん親指の跡がついていた。食べる前に、少しだけ眺めた。