採寸室の鏡

私は御影浜朔都を、配送業者だと思った。

白いTシャツに古いジーンズ。肩へ大きな衣装袋を掛けて、予約制の仕立てサロンへ入ってきたからだ。

販売統括の久木沼緋奈は、彼が名乗る前に裏口を指した。

「納品は搬入口です。ここはお客様用です」

「新作の仮縫いを確認したいんですが」

「あなたが?」

緋奈は笑い、私へ衣装袋を受け取るよう命じた。私は袋の持ち手に刺繍された銀の印を見た。世界的な注文服ブランド〈MIKAGE〉の創業者印だった。

「もしかして、御影浜先生では……」

「余計なことを言わないで」と緋奈が遮った。「先生は海外です。この人は運送屋」

朔都は怒らず、採寸室の鏡を一度見て帰った。

その日の夕方、全店会議が始まった。新しいオーナー兼クリエイティブディレクターが、国内一号店の運営方針を発表するという。

画面に映った名前は、御影浜朔都。

そして会議室の扉から、先ほどのTシャツ姿のまま彼が入ってきた。

朔都はブランドの創業者で、世界の俳優や王族から注文を受ける仕立て職人だった。衣装袋には、翌月の国際授賞式で着用される一点物が入っていた。国内店の接客を確認するため、肩書を伝えず訪れたのだ。

緋奈は立ち上がった。

「社長なら、事前に連絡をいただければ――」

「連絡しない人は、客ではないんですか?」

監査資料が映る。緋奈は服装で来店者を選び、購入額の低い顧客を私たち研修生へ押しつけていた。その一方で、売上だけは自分の実績として計上していた。

朔都は私に衣装袋を渡した。

「刺繍に気づきましたね。どうして黙って受け取らなかったんですか」

「服は、着る人だけでなく、作った人の名前も守るものだと思ったからです」

彼は国内サロンの運営責任者研修へ、私を推薦した。

緋奈の統括権限が停止され、予約端末から彼女の管理者名が消える。

採寸室の鏡に、Tシャツ姿の創業者と新しい責任者候補の私が並んだ瞬間、他人の服で自分を大きく見せていた緋奈だけが、鏡の前から退くことになった。