斥候の足音を戻す一夜

宿《七つ滴》には、夜通し同じ間隔で水滴が落ちる部屋がある。

斥候ユノクは、その音を聞いた瞬間に短剣を抜いた。

「右奥、三歩。いや、今のは左手前か」

誰もいない。宿主バルテは両手を上げたまま、彼の瞳が音より遅れて動くのを見た。

三日前、ユノクは反響迷宮で《逆響き》の罠を踏んだ。それ以来、近い音を遠く、先の音を後から聞く。仲間の合図を取り違え、今日ついに斥候役を外された。治癒師は耳に異常なしと言う。眠ろうとしても、過去の足音が天井から降り、未来の扉音が枕元で鳴った。

「一泊で銀貨一枚。七つ目の滴まで数えられたら、耳は朝の位置へ戻る」

バルテが示した部屋には、寝台と、壁から突き出した七本の細い管しかない。管は長さが少しずつ違い、一番近いものから順に水を落とした。

ぴち。ぴち。ぴち。

「同じ音じゃないか」

「距離が違います。目を閉じて、近い順に指を折ってください」

最初の夜半、ユノクは何度も順番を間違えた。苛立って起き上がるたび、滴は一つ目からやり直した。だが罠と違い、この部屋の音は彼を責めず、逃げもしない。

二度目には、仲間から「遅い」と言われた声を思い出した。三度目には、背後から来た刃を正面だと思って避け損ねた傷が疼いた。それでも滴は急かさず、正しい距離を同じ順で差し出した。

四度目。五度目。

やがて彼の指は、音が落ちるより先に動かなくなった。聞いてから、一、二、三。七つ目で拳がほどけ、そのまま眠りへ落ちた。

朝、バルテは廊下を忍び足で近づいた。

扉を叩く前に、中から声がした。

「起きてる。左から四歩だ」

開いた扉の向こうで、ユノクは泣き笑いをしていた。投げた銅貨をバルテが受け止めると、続けて銀貨が五枚、机に並べられた。

「遠征帰りは毎回ここに泊まる。斥候を戻せるかは仲間次第だ。でも、俺の耳は戻った」

彼の足音が正しい順番で階段を下り、通りの人波へ混ざる。

静けさが戻った一拍後、入口のベルが、今度はきちんと扉の開く前に鳴った。