春キャベツの芯

鳴海廉は、断れないことで社内に居場所を作ってきた。

倉庫の早番、欠勤者の穴埋め、月末の棚卸し。頼まれるたび「大丈夫です」と答えた。二十四歳の独身で、家も近い。断る理由がない、と周囲は思っているらしかった。

金曜の夜、班長から届いたメッセージも同じだった。

〈明日、出られる? また一人熱出して〉

廉は、友人と三か月ぶりに会う約束をしていた。返信欄へ「大丈夫です」と打ち、それを消した。代わりに、明朝から体調不良になる筋書きを考えながら、路地の居酒屋へ入った。

本日の札は「春キャベツの炭火ステーキ」。

出てきた皿を見て、廉は少し笑った。キャベツの四分の一が、そのまま載っている。料理というより、畑の一角だった。

店主が切り口を網へ押し当てると、ぱちぱちと葉の水分が鳴った。焦げた縁から甘い湯気が立ち、焦がし醤油と発酵バターの匂いが店内に広がる。外葉は香ばしく、内側はまだ明るい黄緑だった。

廉が箸を入れると、柔らかな葉はすぐ離れたが、白い芯だけが抵抗した。

「そこ、固いですね」

「芯だけ、もう少しです」

店主はキャベツを取り上げず、廉の前に置いたまま、小さな炭を一つ足した。

廉は外側から食べた。薄い葉はくたくたに甘く、焦げた部分は苦い。食べ進めるうち、皿の熱で芯も少しずつ透き通っていった。

体調不良の嘘は簡単だった。一日だけなら誰も責めない。しかし、次も同じ頼みが来る。自分で「いつでも大丈夫な人」にしておいて、突然倒れるふりをするのは、キャベツよりよほど歯切れが悪い。

廉は班長への返信を開いた。

〈明日は先約があり出られません。今月、代勤が四回続いているので、来週シフトの相談をさせてください〉

送信後、心臓が早番のベルのように鳴った。返事はまだ来ない。機嫌を損ねるかもしれないし、来週の空気も気まずいだろう。

その間に、芯へ箸を入れた。今度は、こり、と気持ちよく割れた。噛むと熱い甘みが遅れて出てきて、廉は明日の集合時間を友人へ送り直した。