昼休みの二号さん

 経理部の昼休みは、数字より噂の回転が速い。

「冬木さん、最近ずっと二号さんと会ってるらしいよ」

 同僚の比佐乃が小声で言うと、妻で同じ会社に勤める更紗の箸が止まった。

「二号さん?」

「本人がそう呼んでた。昨日、給湯室で『一号には内緒。今日も二号で』って」

 そこへ夫の柊吾が弁当を持って現れた。

「何の話?」

「二号さんの話」

 柊吾の顔から血の気が引いた。

「どこまで知ってる?」

「一号には内緒なんでしょう?」

「まだ言う時期じゃない」

「時期が来たら公表するの?」

「結果が出れば」

「成果主義の浮気?」

「浮気じゃない。比較検証だ」

「私と比べてるの?」

「毎日、同じ条件で」

 比佐乃が椅子を引いた。

「冬木さん、言葉を選んだほうが」

「一号は安定してる。でも二号は刺激が強い」

「刺激」

「口に入れた瞬間、違いが分かる」

 更紗は弁当箱の蓋を静かに閉じた。

「どこで会ってるの」

「地下の倉庫」

「会社で?」

「人目がないから」

「何分くらい?」

「十二分。長いと午後に響く」

「週に何回?」

「今は毎日。依存性がある」

 周囲の社員が一人、また一人と会話をやめた。営業部長まで新聞を下げている。

「名前は?」

「名前はない。二号は二号だ」

「人ですらない扱い!」

「一号だって番号だぞ」

「一号もいるの?」

「もちろん。最初に始めたほうだから」

 更紗が立ち上がった。

「連れてきて」

「ここへ?」

「二人とも」

「一号は家に置いてある」

「家にも?」

「台所の棚。見つからないよう奥に」

 更紗は夫の腕をつかみ、地下倉庫へ向かった。社員十七名が自然な隊列で続いた。

 倉庫の隅で柊吾が段ボールを開ける。中から出てきたのは、粉末スープの袋だった。

「新商品の試作品。一号は減塩、二号は激辛。社内モニターは公表前だから秘密なんだ」

 柊吾は紙コップに赤いスープを注いだ。

 更紗は一口すすり、涙目になった。

「確かに刺激が強い」

「だろ?」

「でも、どうして私に隠すの」

「君、食品開発部だろ。答えを知ると評価が偏る」

 更紗はもう一口飲んだ。

「二号さん、嫌いじゃないわ」

 翌日から社内では、激辛スープではなく柊吾の呼び名が「二号」になった。