昼休みの雀

学校給食の調理員は、退職の日を誰にも知らせなかった。

三十年、児童の顔を見ずに、鍋と食器だけを見て働いた。

残食の量で人気の献立を知り、牛乳の本数で欠席者を数えた。

最後の週、裏口の粘着罠へ雀が一羽かかっていた。

調理員は油で羽を拭き、窓辺へ置いた。

雀は震えながら飛び去った。

翌日の昼休み、見知らぬ小学生が給食室へ入ってきた。

制服も名札もなく、髪に茶色い羽が混じっている。

「昨日のお礼に来ました」

雀は、昼休みの鐘が鳴ってから、自分の皿の米粒を食べ終えるまで、人の姿でいられるという。

少女は小さな皿へ米を五粒だけ載せた。

一粒食べるごとに、別の児童の声で話した。

「カレーの日だけ、学校へ来られました」

「魚の骨を取ってくれて、ありがとう」

「苦手な豆を一個にしてくれたの、知ってたよ」

「おかわりを残してくれて、助かりました」

調理員は首を振った。

骨を取ったのも、豆を減らしたのも、個別の配慮表に従っただけだ。

誰が食べたか知らない。

四粒目。

「お母さんがいなくなった週、温かい汁が出て嬉しかった」

調理員の手が止まった。

自分は料理で子どもを救ったなどと思ったことはない。ただ決められた温度で、決められた量を出した。

それでも、誰かにとっては、その日唯一の温かい物だったのかもしれない。

最後の一粒を少女がつまむ。

「これは誰の声?」

調理員が尋ねた。

少女は自分の声で言った。

「まだ給食を食べたことのない子」

来年度、学校は調理室を閉じ、外部配送へ切り替える。

調理員は退職後、何もしないつもりだった。

「その子へ何を言えばいい?」

少女は米粒を飲み込み、

「温かい物は、学校の外にもあるって」

鐘が鳴り終わり、少女は雀へ戻った。

窓から飛び出す前、床へ小さな羽を一枚落とした。

退職後、調理員は週に一度、地域の子ども食堂を手伝った。

献立を決めるのは若い人へ任せ、自分は大鍋の温度を見る。

名前を知らない子も多い。

礼を言わない子も、残す子もいる。

それでも汁椀を渡すとき、一度だけ顔を見るようになった。

雀は恩返しに感謝を運んできたのではない。

今まで届いていた温かさを、次にどこへ置くか教えに来たのだった。