最後の一枚はまだ暗い

御厨絵麻が古いフィルムケースを見つけたのは、スマートフォンの写真を整理していた夜だった。灰色の蓋に、油性ペンで「写真部・最後」とある。現像した覚えはない。絵麻はその夜、容量を空けるため、ここ数年の写真を「必要」「不要」に分けていた。笑っていない自分の写真は、ほとんど不要の側へ送っていた。

高校最後の部活動は、卒業アルバム用の集合写真を撮ることだった。三脚を立て、セルフタイマーを十秒に合わせれば、撮影係の絵麻も写れるはずだった。

けれど、シャッターを押した瞬間、校門の方で引っ越す部員を呼ぶ声がした。彼女は翌朝には町を出る。皆が振り向き、列が崩れた。絵麻は反射的にカメラを持ち上げ、走り去る友人の背中へ最後の一枚を使った。

巻き上げレバーは、それ以上動かなかった。夕暮れの校門は逆光で、友人の輪郭も、追いかける皆の表情も黒くつぶれていた。それでも絵麻は、ピントを合わせ直すより先にシャッターを切った。

「集合写真、撮れなかったね」

誰かが笑い、誰かが泣いた。絵麻はファインダーから目を離せなかった。自分だけが写っていない写真ばかり増えることが、急に怖くなった。

それから十年近く、フィルムは机の奥で暗いままだった。

翌日、街の小さな写真店で現像を頼んだ。受け取った封筒を開くと、最後のコマには校門へ駆ける友人たちがぶれて写っていた。中央にいたはずの彼女の背中は半分しかない。画面の端には、昇降口のガラスが光っていた。

そこに、カメラを構える絵麻の姿が映り込んでいた。

顔は小さく、ピントも合っていない。それでも確かに、あの日の中に自分もいた。撮る側だったから消えたのではない。ただ、見つけるのが遅かっただけだ。

絵麻は写真を机に置き、削除しかけていた現在のフォルダを閉じた。仕事帰りの空、作りすぎた夕食、笑っていない自撮り。きれいではない日々も、残してよかった。

最後の一枚をスキャンし、新しいフォルダを作る。名前は「明日から」にした。

暗かったフィルムの先へ、まだ撮っていない一日が続いていた。