最後の裾を縫う
アレッタは、死者のために〈生まれ直しの衣〉を縫う職人だった。
幽霊が生前の思い出を一つ語るたび、衣には模様が浮かぶ。
すべてを縫い終えれば、死者はどこかの町で赤子として生まれ直す。ただし、以前の名も顔も、愛した人も忘れる。
セネアの衣は、七年たっても完成しなかった。
彼女は二十二歳で死に、薄明のような姿のまま工房へ来た。
アレッタは花畑の記憶を袖へ、母の歌を襟へ、初めて雪を見た日の驚きを胸元へ縫った。
最後に残ったのは、裾の一周だけだった。
「今夜も続きは明日?」
セネアが笑う。
「糸が足りないの」
「三百巻あります」
「全部、色が違う」
「七年間、同じ言い訳ですね」
二人はいつしか恋人になっていた。
触れれば指がすり抜ける。それでもアレッタは毎晩、仕事台の隣に椅子を置き、セネアは朝まで彼女の話を聞いた。
死者は老いない。
アレッタの髪にだけ白いものが増えた。
四十歳の誕生日、セネアは未完成の衣を自分で持ってきた。
「仕上げてください」
「嫌」
「私はあなたの人生に、昨日の姿で居座り続ける」
「居てくれればいい」
「あなたが新しい朝を選ぶたび、私を裏切った気持ちになる。それは恋ではなく、墓守です」
アレッタは針を握れなかった。
「完成したら、私を忘れる」
「忘れるから、生まれ直せる」
「次に会っても、分からない」
「分からないなら、もう一度好きになれるかもしれない」
残酷で、やさしい嘘だった。
二人とも、次がある保証などないと知っていた。
アレッタは裾を縫い始めた。
一針ごとに、セネアの輪郭が淡くなる。
「私の好きだったところを言って」
「糸を噛み切る癖」
「ほかは」
「泣くと怒るところ」
「ほかは」
「死んでいるくせに、生きている私より未来を信じるところ」
最後の一針を通す。
セネアは衣に包まれ、小さな光になった。
「さようなら、アレッタ」
「生まれてきて、セネア」
光は天井を抜け、夜明けの町へ散った。
十五年後、店へ一人の少女が母親と来た。
仕立て糸の棚から、セネアが好んだ青を迷わず選んだ。
アレッタの胸は強く鳴った。
けれど名前を呼ばなかった。
少女はただの少女として、青い糸を買って帰った。
再会だったかもしれない。
偶然だったかもしれない。
確かめないことが、あの日の別れを最後まで完成させる、もう一針だった。