月鈴猫の首輪を外す夜

山寺の鐘がひとりでに鳴る夜、月鈴猫が人をさらう。

そう信じられていた。

満月の晩、石段の上に現れた白い猫型魔獣を見て、参拝客は靴も拾わず逃げた。尾の先には青い火が揺れ、首元では何十もの小鈴が狂ったように鳴っている。

巫女見習いの透花は、逃げなかった。正しくは、鈴の音に混じる小さな呼吸を聞いてしまった。

月鈴猫は首を振るたびに苦しそうに舌を出す。毛の下へ食い込んだ細い鎖が、皮膚を赤く裂いていた。魔除けとして誰かが投げた鈴が絡まり、増えるほど締まったのだ。

「さらったんじゃない。外してほしくて寺まで来たのね」

透花が近づくと、猫は背を弓なりにした。青い火が境内を囲み、僧たちは結界札を掲げる。

「札を下げてください。怯えて首輪が締まります」

最年少の透花の言葉など、誰も聞こうとしない。彼女は自分の髪を結んでいた組紐を解き、地面へ置いた。武器がないことを示し、猫と同じ高さまで膝を折る。

「私も、重い鈴は嫌い」

見習いの鈴を外し、隣へ並べた。

月鈴猫の耳がわずかに動く。やがて鼻先が透花の指を嗅ぎ、震える喉が一度鳴った。

彼女は裁縫鋏を差し込み、鈴を一つずつ切った。最後の鎖は肉へ沈み、外れた瞬間に血が滲んだ。薬草油を塗ると、猫は痛みに爪を立てかけ、寸前で引っ込めた。透花の袖は裂けたが、皮膚には細い線一つつかない。その慎重さに気づいたとたん、恐怖より先に愛しさがこみ上げた。

すべての鈴が石畳へ落ちたとき、山寺は百年ぶりの静けさに包まれた。逃げた参拝客たちが門の陰から顔を出し、初めて鈴ではなく猫自身の、小さな安堵の息を聞いた。

月鈴猫は首を振る。もう音はしない。代わりに額の三日月が輝き、透花の鎖骨へ同じ印が宿った。

僧正が「神域の守り手が選んだ」と息を呑む。

猫はそんな騒ぎを無視し、透花の膝へ前足をかけた。そのまま長い体を預け、首を彼女の腹へ押しつける。

鈴に隠れていた襟巻きの毛は驚くほど厚く、撫でる指を深く飲み込んだ。膝に増した重みは、もう逃げなくていいと告げる錘のようで、その中心には月明かりよりやわらかな熱が脈打っていた。