有罪になる一文

午前九時、若手検事の刈谷暁生へ、午後五時の法廷から一文が届いた。

〈証拠物Cの裏を見ろ。〉

赤い札のついた証拠物Cは、横領事件の領収書だった。今日中に被告へ有罪判決が出れば、暁生は特捜部への推薦を得る。無罪なら、半年かけた捜査は失敗になる。

裏には鉛筆で、隠し口座の番号が書かれていた。暁生は追加証拠として提出した。ところが弁護側は取得経路を問題にし、判決は無罪。午後五時、裁判支援端末に入力欄が開いた。

〈午前九時へ送れるのは一文だけです〉

暁生は「証拠物Cを筆跡鑑定へ回せ」と送った。瞬きの次には午前九時。赤い札。乾いたコピー機の音。

三周目は銀行照会、六周目は証人の呼び出し、十周目は弁護側の質問まで先回りした。同じ領収書を裏返すたび、判決は有罪へ近づいた。

十三周目、懲役五年。裁判長の木槌が鳴った。成功条件を満たした端末が、最後の一文を求める。

〈判決を固定するため、起点の指示を送信してください〉

暁生は赤い札を外そうとして、糊の下に小さな印字を見つけた。領収書を押収した日時が、捜索令状の発付より二時間早い。違法収集を隠すため、暁生自身が周回前の捜査で時刻を打ち直したものだった。記憶は薄れていたが、指先だけが作業を覚えている。

被告が横領をした可能性は高い。しかし、この証拠で有罪にする資格は自分にはない。推薦状、特捜部、父が喜ぶ名刺。全部が一文の向こうに並んだ。

暁生は起点の指示を消し、別の文を入力した。

〈証拠物Cを提出せず、押収時刻を改ざんした検事を告発しろ。〉

午前九時へ戻る。

暁生は領収書を証拠箱へ戻し、上司へ改ざん前のログを送った。午後、被告は保釈された。暁生は職務停止となり、翌月には起訴された。司法試験から積み上げた年月は、赤い札一枚で閉じた。

判決のない午後五時、端末は沈黙していた。

留置場へ向かう車内で、暁生は窓に映る自分へ「有罪だ」と言った。誰かを裁く声ではなく、ようやく自分の時間を先へ進める声だった。