朝を忘れる薬
夜明けまで、あと四杯だった。
石臼の横でラケナは縄を噛んでいる。こめかみから伸びた角は天井へ届きかけ、息を吐くたび火の粉が散った。薬師は小瓶を並べ、イストに木匙を渡した。
「材料は共有した記憶だ。一杯につき一つ、おまえから抜いて煮る。あの子は人へ戻るが、おまえの中には二度と戻らない」
イストは最初の瓶へ指を浸した。思い浮かべたのは、雨の関所でラケナと外套を半分ずつ使った夜だ。記憶は指先から青い糸となって薬へ溶けた。
飲ませると、彼女の右の角が縮んだ。
二杯目には、初めて背中を預けて戦った日の記憶を入れた。ラケナの爪が剥がれ、人の爪が現れる。だがイストには、背中の古い傷を誰が守ってくれたのか分からなくなった。
三杯目。二人で盗んだ林檎を分け、種まで噛んで笑った午後。瓶は甘い匂いを立てた。飲み干したラケナの瞳から縦長の亀裂が消える。イストの舌には林檎の味だけが残ったが、なぜその味を懐かしいと思うのかは失われた。卓上の日記を開くと、自分の筆跡で「ラケナと」と書かれた行だけが、他人の旅の記録に見えた。
残る角は一本。薬師は空の瓶を押し出した。
「最後は、その者を最も強く結びつける記憶でなければ効かない」
イストは迷った。ラケナが縄の隙間から彼を見ていた。獣の目なのに、怯え方だけは知っている。
思い出したのは、彼女が名を教えた瞬間だった。雪の下で死にかけていた少女が、「ラケナ」と一言だけ名乗った。だから連れ帰った。だから今日まで隣にいた。
その音を瓶へ注いだ。
薬を飲ませた直後、最後の角が砕けた。朝日が窓を染め、ラケナの頬に人の血色が戻る。彼女は縄を解かれると、真っ先にイストへ抱きついた。
「よかった。あなたを忘れなくて」
イストは硬直した。知らない女が泣きながら胸へ顔を埋めている。逃げるべきか、助けを呼ぶべきかも分からない。
「……どなたですか」
女は顔を上げた。その表情を見ても、彼の中には何も灯らなかった。
窓辺の四つの空瓶だけが朝日に青く輝き、イストの代わりに、二人の過去を覚えていた。