未来療養移籍・最終面談
【未来療養移籍・最終面談記録】
対象者――磯村匠世
移籍先――西暦二二六四年
目的――現代では治療不能な代謝疾患の治療
同席者――真貝巴月。対象者の婚約者
面談官:
移籍後の帰還はできません。二二六四年から現代への通信も禁止されています。
匠世:
理解しています。
巴月:
移籍者の家族枠は、本当にないんですか。
面談官:
時間人口法により、患者本人のみです。
匠世は二十九歳だった。
薬が効かなくなれば、残された時間は一年ほど。
二百三十四年後なら、治療は一日で終わるという。
面談官:
現代の婚姻・婚約・財産契約は、出発時に失効します。
巴月:
失効しなければいけませんか。
面談官:
法的には。
匠世:
失効させてください。
巴月は彼を見た。
「勝手に決めないで」
「待っていて、と言えない」
「二百三十四年も待てるわけないでしょう」
「だから、婚約者のまま置いていくほうが残酷だ」
巴月は鞄から、二人で選んだ結婚式場のパンフレットを出した。
日付欄には、翌年の五月と書いてある。
「あなたが移籍しなければ、この日は来ない」
「移籍しても来ない」
「治るのに?」
「君がいないから」
二人は笑えなかった。
面談官:
最終意思を確認します。移籍しますか。
匠世:
はい。
面談官:
同席者は同意しますか。
巴月:
この質問、必要ですか。
面談官:
移籍の成立には不要です。ただ、記録へ残せます。
巴月は長く黙った。
同意しないと言っても、彼を病気のある現在へ縛るだけだった。
同意すると言えば、自分の手で未来へ追いやるようだった。
「同意ではありません」
巴月は言った。
「見送ります」
出発当日、時間門の前で二人は婚約指輪を外した。
匠世は持っていこうとしたが、未来の医療装置へ異物を持ち込めないと止められた。
二つの指輪は、巴月の掌へ戻った。
「治ったら、最初に何をする?」
「走る」
「遅いよ」
「二百三十四年ぶん、急ぐ」
門が光る。
匠世は最後に、パンフレットの日付を指でなぞった。
「五月になったら、幸せでいて」
「命令しないで」
「お願い」
「考えておく」
彼が消えたあと、面談官が記録を閉じた。
【結果】
移籍成功。
婚約関係、現代時刻十四時三十二分をもって失効。
巴月は訂正を求めなかった。
ただ自宅へ戻り、翌年五月のカレンダーを破らずに残した。
その日は結婚記念日にはならなかった。
遠い未来で一人が生き始め、現代で一人が別れを受け入れ始めた、二人にしか分からない出発日になった。