未送信、十二文字
深宇宙船の乗員は、地上の管制官を名前で呼ばない。
彼女は私を〈灯台〉と呼び、私は彼女を〈紙舟〉と呼んだ。
出発前夜、紙舟は整備棟の屋上で言った。
「帰ったら、同じ住所にならない?」
冗談のように笑っていたが、手袋の中で私の指を強く握っていた。
私は縁起を気にして、「帰ってから答える」と逃げた。帰還を前提にした約束なら、必ず帰ってくる気がしたのだ。
七年後、紙舟の船は第六惑星の大気圏で推進器を失った。
救助は届かない。残った電力で送れるのは、観測データか、十二秒の音声のどちらかだった。
四十三分遅れて管制室に届いたのは、観測データだった。
雲の成分、風速、重力波。どれも後続船の命を救う数字だった。
最後の行に、機械が自動で付けた記録だけが残っていた。
〈個人通信 一件作成/未送信/十二文字〉
管制室では誰も泣かなかった。規則では、受信中の私語は禁止されていたからだ。
内容は消去されていた。
送れば観測データが欠ける。紙舟は最後に、その十二文字を自分で捨てたのだ。
私は何年も、十二文字を数えた。
〈あなたをずっと愛していた〉
ちょうど十二文字だった。
〈帰ったら、同じ家で暮らそう〉は十三文字になった。
〈私のことは忘れて生きて〉では、一文字足りなかった。
正解のない数え方だけが、私たちの同居生活になった。
二十三年後、紙舟の観測データを使って設計された探査船が、第六惑星から帰還した。若い乗員たちは記者会見で「先人の数字が帰路を作った」と言った。
私は画面の前で、腹を立てながら笑った。
あなたはこんなふうに、誰かを帰してしまう。
自分は帰らなかったくせに。
退職の日、私は廃棄前の管制卓に一人で座った。紙舟の通信記録を開き、返信欄に打つ。
〈うん、同じ家に帰ろう〉
送信先は、もう宇宙のどこにもない。
それでも私は削除しなかった。彼女が捨てた十二文字の代わりに、私の十文字を未送信のまま残した。
あの夜、返事を先延ばしにした私へ届くまで、十二文字の空白は光より遅く、私の一生を渡ってきた。