机に帰った小さな王冠

阿久津弥生の机には、親指ほどの金色の王冠があった。音楽ゲーム〈RHYTHM CROWN〉のキャラクター、セナのアクリルスタンドにかぶせる飾りだ。会社では無地の付箋しか使わない弥生が、唯一外へ出している趣味だった。

監査法人の来訪を翌日に控え、総務主任の寺西実和がフロアを見回った。弥生の机で足を止め、王冠を指でつまむ。

「これは一度、預かります」

理由を言わず、白い封筒へ入れた。弥生は「はい」としか答えられなかった。やはり職場に推しを置く二十六歳は幼く見えるのだ。帰宅後、同じアクスタが並ぶ棚まで急に恥ずかしくなり、布をかけた。

翌日、監査担当者は各机を歩きながら、社員の私物を品評した。写真立てには「家庭的」、観葉植物には「余裕がある」。空になった弥生の机を見て、「若い女性なのに味気ないね」と笑った。

実和が資料を閉じた。

「業務に関係しない評価は、お控えください」

声は静かだったが、フロアの空気が止まった。監査担当者は咳払いし、数字の確認へ戻った。

来客が帰ると、実和は弥生を給湯室へ呼んだ。白い封筒から王冠を出す。傷一つ増えていない。

「前回、この方はキャラクターグッズを置いていた社員を、取引先の前で長くからかいました。止められなかったので、今回は先に避難させました。説明せず持っていったことは謝ります」

実和は自分の手帳を開いた。透明カバーの内側に、セナの旧衣装カードが挟まっていた。王冠を手放す前の、まだ負け役だった時代の絵だ。

「私も同じ人が好きです。ただ、机には置かない。それは私の選択。あなたの王冠を片づけたいわけではありません」

弥生は昨日、自宅の棚へかけた布を思い出した。守るために隠すことと、恥じて消すことは同じではない。

席へ戻り、王冠をアクスタにかぶせた。以前のようにモニターの陰へ寄せず、ペン立ての横へ置く。ただし仕事の邪魔にならない、小さな場所に。

実和が通りかかったとき、視線だけで王冠を確認した。何も褒めず、何も説明させず、そのまま次の机へ歩いていった。