桜餅の葉
和菓子店で働く小夜子は、桜餅の葉を食べる。
客には残す人も多い。塩漬けの葉は香りづけで、好みで外してよい。それでも小夜子は、甘い餡に少し塩気が加わるのが好きだった。
新入りの陽向は、葉をきれいに剥がして試食した。
「筋が口に残るので」
「若い葉は柔らかいよ」
二人は毎朝、蒸した道明寺粉を桜色に染め、餡を包む。最後に塩抜きした葉を巻く。指先に春の香りが移った。
花見の季節、店は忙しくなる。ある夕方、売れ残りが一つだけ出た。
店主は二人で分けてよいと言った。
小夜子が包丁で半分にすると、片側には葉の太い筋、もう片側には柔らかな端がついた。
「こっち、どうぞ」
陽向が柔らかいほうを小夜子へ譲った。
「葉、食べないんでしょう」
「今日は食べてみます」
陽向は太い筋ごと噛み、やはり少し顔をしかめた。
「塩辛い」
「だから甘いのが分かる」
閉店後、二人は店先の桜を見た。満開を少し過ぎ、風が吹くたび歩道へ花びらが落ちる。
翌年、陽向は葉を食べるようになった。ただし筋の細いものだけを選ぶ。
小夜子は何も言わず、試食の桜餅を二つに切った。蒸した米の温度、餡の甘さ、葉の塩気。どれか一つでは春にならない香りが、店の奥まで満ちていた。
桜の葉を塩抜きする水は、時間が経つほど薄い緑になる。陽向は毎朝、一枚かじって塩加減を確かめるようになった。筋の太い葉に当たる日も、もう顔をしかめない。小夜子が別の店へ移ることになった春、最後の試食を二人で分けた。包丁を使わず、手で半分にする。餡が少し片寄り、葉も不均等に裂けた。陽向は筋の多いほうを自然に取った。店先の桜はまだ三分咲きだったが、蒸した米と塩漬けの葉の香りは、花より先に別れの季節を知らせていた。
移った店から、陽向へ葉の産地を書いた葉書が届いた。小夜子は相変わらず全部食べているらしい。陽向は葉書を作業台へ置き、今日の一枚を巻く。指に残る塩気が返事になった。