棘の距離
再婚した父の家で、娘は誰にも触れられたくなかった。
新しい母親は親しくなろうと、髪を結び、服を選び、学校の話を聞いた。
優しさだと分かるから、嫌だと言うほど自分が悪い人になる気がした。
窓辺には、亡くなった実母が育てていた丸いサボテンがある。
園芸店で買った一滴の翻訳液は、新しい棘が伸びた瞬間だけ、植物の言葉を聞かせた。
液を垂らした夜、白い棘が一本、わずかに伸びた。
「近すぎる光は、熱い」
娘は新しい母親のことだと思った。
翌朝、サボテンを部屋の隅へ移した。
夕方、別の棘が伸びる。
「遠すぎる窓は、暗い」
「どっちなの」
娘が腹を立てると、次の棘はなかなか育たなかった。
数日後、新しい母親がサボテンへ水をやろうとした。
娘は強い声で止めた。
「勝手に触らないで」
鉢が倒れ、土がこぼれた。
新しい母親は謝り、部屋を出た。
娘はサボテンを植え直した。
指へ棘が刺さり、血がにじむ。
その瞬間、小さな新芽から言葉がした。
「刺すのは、嫌いだからではない」
娘は泣いた。
嫌いではない。
けれど近づかれると痛い。
その二つを同時に言う言葉を、今まで持っていなかった。
夜、食卓で新しい母親へ伝えた。
「嫌いじゃない。でも、髪とか服とか、勝手に触らないで」
相手の顔が少し曇った。
娘は慌てて謝りかけたが、父が口を挟まず待った。
新しい母親は、
「分かった。何なら聞いてもいい?」
と尋ねた。
娘は考えた。
「お茶を飲むかどうか」
「毎回?」
「毎回聞いて」
それから二人は、距離を小さな質問で測った。
今日は一緒に買い物へ行くか。
実母の写真を見てもいいか。
保護者面談へ来てほしいか。
断られる日もあった。
新しい母親は傷つき、娘も罪悪感を持った。
それでも、傷つかないふりで近づくより、ずっと安全だった。
サボテンは春に花を一輪咲かせた。
翻訳液はとっくになく、声は聞こえない。
娘は鉢を居間の窓辺へ戻した。
近すぎず、遠すぎず、午後の光が斜めに届く場所だった。
新しい母親が水差しを持ってきた。
「今日は、私がやってもいい?」
娘は鉢の土を見てから、
「半分だけ」
と答えた。
棘をなくさなくても、同じ部屋で花を待つことはできた。