検体番号の冬

再鑑定は、三十分で終わる予定だった。

紙屋川渉刑事は、冷凍庫から出された二本の採血管を見つめた。二十年前の傷害致死事件。被害者の爪から楠瀬亮太のDNAが検出され、それが有罪の柱になった。

一本には《4B・爪内容物》、もう一本には《4C・被害者対照血》とある。

「念のため、ふたの裏も採ります」

若い鑑定員が綿棒を当てた。結果はすぐ出た。4Bの中身は被害者本人。4Cから、楠瀬と一致する型が出た。

番号が逆だった。

清寺寛鑑定室長は、モニターを消した。

「二十年前、冷凍庫が停止した夜がある。管を退避させた際の転記ミスだろう」

紙屋川は古い棚割り表を広げた。鉛筆で《4B=対照血》《4C=爪》と書かれている。事件報告書だけが逆になっていた。しかも訂正者の印は、当時主任だった清寺のものだ。

「爪の検体に楠瀬の型が出たこと自体は変わらない」

「違います。4Cは楠瀬の参考口腔液と同じ箱で解凍されています。ふたの外側から、参考試料と同じ保存液も出た。汚染です。しかも爪検体に残るもう一人の男性型は楠瀬を完全に除外しています。二十年前の鑑定書では、そのピークだけ《雑音》として切り捨てられていました。未登録の男性型は、三年後に同じ地域で起きた類似事件の試料とも一部一致していたが、照会自体が中止されていた」

清寺は白衣の袖を整えた。

「公表すれば、この冬に扱った六十八件を再検証することになる。殺人も性犯罪もだ。無罪の一人を救うために、有罪判決を六十八件揺らすのか」

冷凍庫の警報が短く鳴った。開扉時間を過ぎている。

紙屋川は、楠瀬の妹が毎年送ってきた再鑑定願いを思い出した。返信はいつも同じだった。《検体管理に瑕疵なし》。その文面に、彼自身も三度押印している。

清寺が管を元の箱へ戻そうとした。

紙屋川は先に二本を取り、独立鑑定用の金属ケースへ入れた。棚割り表と冷凍庫停止記録も重ね、封印紙に署名する。

「六十八件、全部調べます」

赤い封印を貼ると、清寺の室長印が閉じ込められたまま見えなくなった。