業務終了は零時

「業務は二十三時五十九分までです」

城崎冴子は、外部エンジニアの久留島直紀へ何度もそう確認した。システム刷新の委託契約中、発注担当者と受託側の個人的な交際は禁止されている。食事へ誘いかけた直紀も、冴子が渡しかけた私用の連絡先も、その一線で止まった。

最終稼働日の夜、二人は駅前の共有オフィスで監視画面を見ていた。障害はゼロ。契約終了まで残り十二分。直紀の終電は零時七分で、駅まで走れば四分だった。

「あと十分ですね」

「終われば、久留島さんはもう来ないんですよね」

「契約上は」

その先を聞けず、冴子はログを見つめた。仕事が終わることを待っていたはずなのに、秒が減るほど胸は重くなる。

二十三時五十九分五十九秒。画面に《監視終了》が表示された。

零時ちょうど、直紀は社員証を机へ置き、会社支給スマホの電源を切った。それから鞄から私物のスマホを出す。

「冴子さん」

名字でも役職でもない呼び方に、冴子は顔を上げた。

直紀の画面には、土曜のレストラン予約と、翌月までの二人の予定候補が三つ並んでいた。どれも今夜の零時一分に作成されている。

「業務外の連絡先を、受け取ってもらえますか」

告白の代わりに差し出されたスマホへ、冴子は自分の番号を入力した。登録名を《城崎様》から《冴子》へ直し、発信ボタンを押す。自分の私用スマホが鳴った。

駅までの四分、二人は走った。ホームに着いたとき、発車ベルが鳴り始める。直紀が乗ろうとした手を、冴子は離さなかった。

「次の電車はありませんよ」

「知っています」

直紀はドアを見送り、配車アプリで二人分の行き先を登録した。冴子の家を先に、そのあと自分の家。土曜の予約は消さないまま。

タクシーを待つあいだ、冴子は会社のチャットから直紀とのスレッドを閉じた。代わりに私用の画面へ《着いたら連絡して》と送る。既読のあとに届いたのは、丁寧な業務文ではなく《明日も話したい》の一行だった。

「業務は二十三時五十九分までです」

だから零時を過ぎた手は、取引先ではなく、次の約束をした人の手としてつながっていた。