橋の向こうで選んだ名

北街道の石橋では、通行料を払えない者が毎日鞭打たれていた。

鞭を振るうのは、名を奪われた橋守騎士。

胸に刻まれた料金表の呪印が、銅貨の不足を罪と認めるたび、彼の腕を勝手に動かす。

監査に来た徴税官ミナトは、泣く母親の前で騎士の腕が上がるのを見た。

「待て」

「命令権者以外の制止は、受理できない」

騎士の声は平らだった。だが握った鞭の柄から血がにじんでいる。止めようとして、自分の指を潰しかけていた。

ミナトは橋詰めの料金箱を開けた。

中には銅貨より古い、一枚の石札が入っている。

《この橋および橋守は、代々の徴税請負人が所有する》

呪印の根は騎士ではなく、橋の所有権にあった。新しい請負人になれば、簡単に彼を従わせられる。役所はそのために、ミナトの印鑑まで用意していた。

「なるほど。橋ごと買えば、最強の番人付きか」

役人たちが笑う。

ミナトは料金台帳の末尾を開き、赤い墨で一行を書いた。

《本日をもって北街道石橋を公共路とし、所有者を置かない》

そして石札を料金箱から抜き、橋の欄干へ叩きつける。

札が割れた瞬間、騎士の胸の料金表から数字が消えた。上がっていた腕が止まり、鞭が石畳へ落ちる。

「通行料は?」

騎士がかすれた声で尋ねた。

「廃止」

「橋守は?」

「廃止。君の名も勤務先も、君が決める」

ミナトは橋の向こうを指した。

騎士は恐る恐る一歩を踏み出す。橋の中央を越えても胸は焼けない。反対岸へ着くと、彼は空を見上げた。

そのまま森へ消えると思われた。

だが夕方、監査を終えたミナトが橋を渡り返すと、欄干に騎士が腰掛けていた。

「行かなかったのか」

「行った。向こうの川辺まで」

「自由はどうだった?」

「名がないと、宿帳に書けなかった」

水面には夕暮れの浅葱色が揺れていた。

騎士は新しい雇用台帳を取り、慣れない手で署名する。

「アサギ、と名乗る。職は街道護衛。雇い主ではなく、最初の依頼人はあなたでいいか」

ミナトが差し出した銅貨を、アサギは自分の意思で受け取った。