欠席者への朝礼

【四月十一日 午前七時五十二分】

「おはよう、埴谷漣。プリント、玄関の袋に入れとく。今日の朝礼、校長先生が『新年度』を二回噛んだ。以上」

笹舟千紘は、そう言って帰った。

父を亡くしてから、漣は学校へ行けなくなっていた。担任に頼まれた千紘は、毎朝プリントを届けたが、「いつ来るの」「みんな心配してる」とは言わなかった。玄関の向こうに人の気配があれば、朝のどうでもいい出来事を一つ報告した。

【四月十八日】

「おはよう。花壇のチューリップ、黄色だけ全部ハトに踏まれた。赤は無事。色の好みがあるらしい」

【五月二日】

「おはよう。今日から返事はいりません。昨日までも、もらってないけど」

扉の向こうで、何かが落ちた音がした。

【五月十九日】

「おはよう。体育で転んだ。笑ったやつも転んだ。因果応報が早い学校です」

漣は、千紘の声をスマートフォンへ録音するようになった。午前中を眠って過ごす日も、夕方に再生すれば、その日が完全になくならずに済んだ。

父が死んだ翌朝、近所の人たちは「しっかりね」「お母さんを支えて」と言った。漣は、それ以来、誰かに話しかけられるたび、何かを求められている気がした。

千紘の「おはよう」だけは、何も要求しなかった。

【六月三日】

「おはよう。今日、日直が一人欠席。私です。風邪ひいた。プリントは妹に頼んだ」

いつもと違う幼い声が玄関で言った。

「姉から伝言。『朝礼は各自で』」

漣は初めて扉を開けた。妹は驚き、プリントを落とした。

次の日、漣は千紘の家まで歩いた。インターホンを押す勇気はなく、玄関へノートを置いた。

〈六月四日 午前八時十分

おはよう。昨日の朝礼。

玄関を開けた。外は思ったより普通だった。以上〉

翌週から、二人の朝礼は学校の裏門で行われた。漣は教室へ入れない日もあったが、千紘と「おはよう」を交わしてから保健室へ向かった。

卒業式の日、漣は録音をすべて消した。

忘れたからではない。

もう今日の朝を、今日のうちに受け取れるようになったからだ。

式場の入口で、千紘が言った。

「本日の朝礼、卒業しても挨拶は継続。以上」

漣は笑って答えた。

「おはよう。異議なし」