欠航便と二枚のブロマイド

水無瀬環は、雪で欠航になった便の案内を見上げながら、月曜九時のプレゼン資料より先に、鞄の中のブロマイドを心配した。

札幌へ来た理由を、同じプロジェクトの人たちには「大学の友人に会うため」と話している。本当は二日間で三公演を観た。主演の目線が二階席まで届いた気がして、終演後に同じ写真を二枚買った。一枚は保存用、一枚は持ち歩く用だ。持ち歩くほうの角には、拍手しながら握りしめた小さな折れがある。環にとっては傷ではなく、あの夜の客席にいた印だった。

会社では、同じ品を二つ買う感覚など理解されないと思い、物販袋もホテルで捨ててきた。

振替便の列で、会社の課長と鉢合わせた。課長も週末に札幌へ来ており、理由は聞けなかった。

「明日の資料、空港からでも直せる?」

「はい」と鞄を開けた瞬間、透明ファイルが滑った。二枚のブロマイドが床に並び、舞台衣装の男が同じ微笑みを浮かべた。

環は拾おうとして、キャリーケースの車輪を蹴った。課長の視線が写真へ落ちる。

「同じものを二枚?」

やはりそこを聞かれるのか。環は頬が熱くなった。

「片方は、傷ついたときのためです」

言ったあとで、仕事の説明より真剣な声になったことに気づいた。

課長は笑わず、一枚ずつ透明ファイルへ戻した。それから自分の手荷物を開き、古びたパンフレットを見せた。表紙には、環が観た作品の初演版。主演は今とは別の俳優だった。

「私は二十年前から、パンフレットを二冊買う派」

搭乗口の騒音の中で、初めて課長の週末が見えた。

欠航のため、プレゼンは空港ラウンジからオンラインで行うことになった。課長はカメラに映らない席を選び、環のブロマイドを窓側へ立てた。

「お守りは、見えないところに置けばいい」

環は一度うなずき、資料を開いた。しかし開始直前、写真を伏せるのをやめた。画面には映らない。それでも、自分から隠したわけではない。

プレゼン終了後、環は社内チャットで課長へ送った。

『次の東京公演、保存用のパンフレットも買いますか』

返事は、同じ作品の拍手スタンプだった。