止まった時計の二代目
時計修理店で二十年働いた職人に、老店主夫婦は養子縁組を持ちかけた。
「店を継いでほしい」
職人は書類を返した。
「亡くなった息子さんの代わりにはなれません」
夫婦の一人息子は、職人が弟子入りする前に事故で亡くなっていた。店の奥には遺影と、事故の時刻で止まった腕時計がある。
店主は拡大鏡を外した。
「代わりなら、もっと若くて愛想のいい人を選ぶ」
「そこは否定しませんか」
「お前は遅刻する。帳簿も汚い。息子とは似ても似つかん」
妻が茶を置いた。
「息子の場所は空いたままでいいの。空いた場所へ誰かを押し込めたら、その人まで失うから」
「では、なぜ養子に」
「夕飯を四日続けて一緒に食べた人を、他人と呼ぶのが面倒になった」
職人は返事を保留した。
その夜、止まった腕時計を作業台へ置いた。分解すると、歯車の一つが欠けている。部品を削り出せば動かせる。それでも二十年間、店主は修理しなかった。
「直さないんですか」
「直せる時計と、動かしてはいけない時間は別だ」
翌朝、職人は自分の古い懐中時計を隣へ置いた。いつも七分進んでいる。遅刻を防ぐため、自分でずらした時計だ。
「息子さんの時計は止めたままにします」
「そうか」
「私の時計は七分進んだままです。それでもよければ」
店主は養子縁組の書類をもう一度差し出した。
署名した日も、呼び方は変わらなかった。
「親方、昼飯です」
「父親に向かって親方とは何だ」
「昨日までそう呼んでいたので」
「では私も弟子と呼ぶ」
「息子では?」
「実績次第だ」
数年後、店主が入院した。職人が病室へ駆け込むと、ベッドの上から叱られた。
「七分遅い」
「私の時計では間に合っています」
「店は」
「閉めました。今日は家族の修理が先です」
店主は笑い、初めて「息子」と呼んだ。
退院後、店の看板へ〈二代目〉の札が加わった。遺影は動かさず、その下へ新しい家族写真を置いた。
二つの時計も並べた。
一つは止まった時刻を守り、一つは七分先を走っている。
同じ時を刻まなくても、家族は同じ店にいられる。