正しいごめん

文具会社の試作品に、「謝罪補助ペン」があった。

紙へ相手の名前を書けば、その人が最も許しやすい謝罪文を自動で続ける。

ただし使うたび、書き手は自分が何を傷つけたのか、一つ忘れた。

営業職の女性は、最初に取引先へ使った。

納期を間違えた理由も、相手が怒った点も、ペンは完璧に整えた。

取引先はすぐに許した。

次は同僚。

会議で手柄を横取りしたことを謝る文章が書かれた。

同僚は涙ぐみ、

「分かってくれたならいい」

と言った。

女性は安心した。

だが席へ戻る頃には、何を分かったのか思い出せなかった。

ペンは便利だった。

母の誕生日を忘れたとき。

妹の結婚へ反対したとき。

恋人の仕事を軽く扱ったとき。

誰もが一度は許してくれた。

しかし同じ過ちを繰り返した。

忘れているからだ。

母の誕生日をまた忘れた。

妹の話をまた遮った。

恋人へ同じ言葉を投げた。

「謝るのは上手になったのに、変わらないね」

恋人は言った。

女性はペンを握った。

紙に名前を書く。

ペン先は美しい文章を始めた。

「あなたの気持ちを想像せず――」

女性は途中で止めた。

何をしたのか、恋人へ尋ねた。

「それも忘れたの?」

「うん」

「じゃあ、ペンに聞けば」

「聞いたら、また忘れる」

恋人は帰った。

女性は、これまで謝った相手を一人ずつ訪ねた。

何をしたか教えてほしいと頼んだ。

許したはずの傷を、もう一度説明させるのは残酷だった。

怒る人も、話してくれない人もいた。

母は、忘れられた誕生日ではなく、謝罪のあとに「もう済んだでしょ」と言われたのが悲しかったと教えた。

妹は、結婚相手を否定されたことより、自分で選ぶ力がないと思われたのが苦しかったと言った。

同僚は、仕事を奪われた日より、その後も相談役のように扱われたことを覚えていた。

女性はノートへ全部書いた。

ペンではなく、自分の手で。

恋人へは、正しい文章を作れなかった。

「忘れました。だから教えてほしい。でも、教える義務はあなたにない」

そう書き、返事を求めず送った。

数か月後、恋人から短い返信が来た。

「まず、自分で思い出したことを話してください」

女性は謝罪補助ペンを会社へ返した。

試作品の評価欄には、

「相手を許しやすくするが、書き手を変えない」

と記した。

正しい「ごめん」は、相手が許す言葉ではなかった。

自分が二度と忘れないために、痛いまま持つ言葉だった。