死の呪文は意訳します
魔族大使館の通訳ヴァシュは、直訳を嫌うせいで無能扱いされていた。
悪魔の慣用句を人間語らしく言い換えるたび、上司は「勝手に飾るな」と減給した。魔公ベゼルも、彼を骨のない男と嘲った。
【固有スキル《自然意訳》:一つの意味に複数の等価表現がある場合、受け手に最も自然な表現を選んで置換する】
和平会議の席で、ベゼルは条約を破り、王女へ死の呪句を投げた。
「心を凍らせ、息を奪い、影に食わせよ!」
三つの比喩が現実になる上位呪術。騎士の剣も結界も、言葉より先には届かない。
ヴァシュは王女の前へ立ち、呪句全体を人間語へ意訳した。
心を凍らせる――肝を冷やす。
息を奪う――息を呑ませる。
影に食われる――影が薄くなる。
冷気は王女の胸へ入ったが、彼女は一瞬驚いて肩を震わせただけだった。息を呑み、姿が半透明になったため、追撃の刃まで素通りする。
ベゼルの角が怒りで赤くなった。
「呪いの意味を変えただと!」
「いいえ。あなたの国では死を表す比喩でも、人間には日常的な言い回しです。意味の届き方を自然にしただけです」
魔公は今度こそ直接ヴァシュを殺そうと、自身へ強化呪句を唱えた。
「我が血は煮え、頭上の角は天を衝く!」
ヴァシュは同じ一つの詠唱を意訳する。
血が煮える――腹を立てる。
天を衝く――ひどく背が高く見える。
ベゼルの筋肉は増えず、腹だけが風船のように膨らみ、長く見えた角が天井へ刺さった。抜けなくなった魔公を騎士たちが鎖で縛る。
ベゼルの配下は助けに入れなかった。魔族語で《主君の顔を立てる》とは、敗者を自力で立たせるまで手を貸さないという軍律だからだ。ヴァシュが人間語の自然な表現としてそれを読み上げると、魔公は角を天井へ刺したまま、自分の足で立てと部下から見守られることになった。
通訳長が「偶然の言葉遊びだ」と取り繕う。しかし会議録には、彼がベゼルから賄賂を受けて呪句を直訳するよう命じた文まで残っていた。
王女は笑いをこらえながら和平破棄の証書へ署名した。
その横で、ヴァシュの職業名が静かに変わった。
【職業《館付き通訳》が上位職《呪句超訳師》へ書き換わりました】